ライフサイクルと通過儀礼 [伝統文化のコスモロジー]

<ライフサイクルと通過儀礼>

伝統的な文化では、人間(の魂)を大きなライフサイクル(生命循環)の中で考えます。
この世に誕生し、成長して成人し、成熟して長老になり、亡くなってあの世に行き、個性を脱して祖霊(祖神)になり、子孫を見守り、やがて子孫としてこの世に再生する、というサイクルです。

人(の魂)は、このライフサイクルを歩む中で、いくつもの違った身分(人格・神格)を経ていきます。
その身分を変化させる時々に、「通過儀礼(イニシエーション)」を経ます。

分かりやすい例では、成人式や結婚式、葬式などが「通過儀礼」です。

「通過儀礼」の意味は、古い人格(身分・地位)として死に、新しい人格として再生する「擬死再生」です。
その際に、あるいは、その条件として、必要な知識、能力を身に付けます。

「死」の体験は、様々な演劇的演出によってなされることが多くあります。
幻覚性の薬物を利用する場合もあります。


<4つのプロセス>

ライフサイクルは大きく4つのプロセス(期間)に分けることができます。

① 成長のプロセス :誕生→成人:この世での個別化
② 成熟のプロセス :成人→死 :この世での普遍化
③ 祖神化のプロセス:死→祖神 :あの世での普遍化
④ 祖神としての期間:祖神→誕生:あの世からの個別化

③④は、儀礼を主催するこの世の人間の側から見ると、③が供養、④が先祖祭になります。

ライフサイクルは、「この世(①②)」⇔「あの世(③④)」の循環です。

誕生には「受胎→出産」という中間段階があります。
死にも「葬儀→埋葬」という「中有」とか「もがり」と呼ばれる中間段階があります。

また、ライフサイクルは、「普遍化(②③)」⇔「個別化(④①)」という循環でもあります。

人は誕生後、個性化・個別化して、その極である成人に至ります。

成人した人は、個人を超えて、成熟の道を歩みます。
死は普遍化の道であり、死後の魂もその道を歩み、祖神という普遍化の極に至ります。
そして、祖神の分霊として、再度、個人が再誕します。


各プロセスには、細かくいくつものプロセス(身分と通過儀礼)があります。

少し前の日本の例では…

① 成長のプロセス

誕生(受胎→出産)→名付祝→初宮詣→七五三(子供組加入)→十三参り→成人式(若衆組加入)→結婚・就職

この成人になるには、社会的な知識、合理的な智恵、生活力が必要です。


② 成熟のプロセス

隠居→年祝(還暦→古稀→喜寿→傘寿→米寿…)・年寄(長老)

子供が独立すると隠居になりましたが、これは年齢的にはかなり若い時(40才前くらい)、になります。
他にも、念仏講や庚申講に参加したり、受戒を受けたり、死に備えた段階があります。

成熟には、社会的な調停能力、社会的価値観を相対化する視点、利他精神、無意識の創造力の受容が必要です。


③ 祖神化のプロセス

葬儀(死霊化)→埋葬(精霊化)→年忌法要(祖霊化)→弔い上げ(祖神・氏神化) 

祖霊・祖神であれ、浄土に行くホトケであれ、それが普遍的な方向に浄化された魂であることに変わりはありません。
亡くなった人の魂が、悪霊にならずに、この正しい方向に進むようにするのが、葬送と供養の目的です。

水子や幼児の段階で亡くなった場合のように、①②を経ていない魂は、死後に③に進まず、再度、生まれなおすことが望まれます。


④ 祖神の期間

プロセスはありませんが、祖神(祖霊)として子孫を守ります。
祖神(祖霊)は、一般的な氏神の祭り、盆・正月など、定期的にこの世を訪れ、子孫に生命力を与えます。


人はライフサイクルの中で、身分に沿って名前を変えることが一般的でした。
日本人の場合だと、幼名→少年名→家長名→隠居名→戒名・氏神名 といった感じです。
子供には亡くなった祖父母の名を付けることもあります。
独立すると、父から代々の家長としての名を受け継ぎ、父は隠居して祖父から代々の隠居名を受け継ぐ習慣がありました。


<成人儀礼>

成人儀礼の本質は、この世の創造の母体としての他界(=死)と対面して、人格を成長させることでした。

最も原初的な成人儀礼は、洞窟か森の中の儀礼用の小屋で行いました。
洞窟は他界であり、地母神の子宮であり、洞窟から出ることで、新しい人格として再生します。
森も他界であり、小屋は怪物(聖獣)であり、怪物に飲まれ、吐き出されることで再生します。

鯨に飲み込まれたピノキオや、狼に飲み込まれた赤頭巾ちゃんの童話には、原初的な成人式の姿が残っています。
森の中の小屋も、童話の定番です。

他にも、成人儀礼が変形された童話としては、異界に行って、何かを手に入れる(ジャックと豆の木…)とか、何かをやっつける(ヘンデルとグレーテル、一寸法師…)といった形が見られます。

異界に行って戻ることは死と再生の象徴です。
何かを手に入れたり、やっつけたりすることは智恵を獲得する象徴です。

ジブリ作品には成人儀礼の物語が多くあります。
「千と千尋の神隠し」、「となりのトトロ」、「崖の上のポニョ」などは、成女儀礼の物語です。
特に「千と千尋の神隠し」は典型的で、トンネルを通った先の他界の家でグレードマザーと対面し、試練を受ける話です。

部族社会での成人儀礼では、再生時に、その部族の基礎的な宇宙観を教えられます。

多くの場合、知識は神話の伝授として、試練は神話上の英雄の行為の追体験として行われます。
成人が理解し獲得すべき「文化」は、神話では「文化英雄」と呼ばれる存在や、氏族の「始祖」がもたらしたものです。


<成熟儀礼>

多くの神話では「文化(智恵)の獲得」は同時に「死の発生」、「楽園喪失」でもあったと語られます。
合理的な理性や文化の獲得には、永遠性を喪失するという負の面があるわけです。

神話によっては、文化をもたらした英雄が、その後、再度、「不死の獲得」に向けて旅立ちます。
成人後の「成熟の儀礼」の原型をここに見ることができます。

部族によって様々ですが、アボリジニーなどでは、成人の後にも、年齢に沿って何度も「通過儀礼」を行う部族があります。
また、部族内の秘密結社が多数の位階を持ち、位階を昇るごとに「通過儀礼」を行う場合もあります。

「通過儀礼」では、成熟するにつれてより深く潜在意識の智恵を獲得することが求められます。

成熟のプロセスは、心理的に言えば、心の内面に尽きることのない創造力を見出して、人格を成長させることです。
神話的には「若返りの水」「生命の木の実」の獲得などとしても語られます。

シャーマンの「通過儀礼」は、成熟の儀礼のモデルになります。
普通の「成人儀礼」とは異なり、深い自我の解体と霊的知識の獲得が必要とされます。

また、死を前にした人が、死を受け入れ、人生観を新たにし、人格を変容させること(スピリチュアルワーク)は、生前での最後の通過儀礼です。

少年少女を主人公にした童話には「成人儀礼」を元にしたものが多いのですが、老人を主人公にした昔話には成熟を示すものがあります。

昔話では、通常の生活上の判断を否定して利他的な行動をとると、意図せずして富を得るという形になります。
品物を売らずにあげる(笠地蔵)、動物を捕まえずに助けるなどです。

「花咲爺さん」では、犬が何度も意地悪爺さんに殺されながらも、犬→木→臼→灰→桜とメタモルフォーゼを繰り返し、潜在意識や自然の持つ不死なる創造性をこれでもかと示します。
犬が経る死と再生の一回一回が、成熟に向けた通過儀礼のようにも思えます。

ジブリ作品だと、「風の谷のナウシカ」、「もののけ姫」、「ゲド戦記」、「ハウルの動く城」などは「成熟の物語」でしょう。
いずれも、人間の利己的な行為によって、自然=無意識が創造性を失っている状態から物語が始まります。
特に「風の谷のナウシカ」は典型的で、自然=無意識を再生させる偉大なシャーマンになる話です。


<供養>

供養は、主に③のプロセスを歩む死者の「通過儀礼」として行います。
ですが、これを主催し、参加するのは、この世の①②の段階にいる生者です。

供養は、それを行う側の人間にとっても、一種の「通過儀礼」と同様の意味を持ちます。
肉親の供養は、死と対面する機会であり、成長の機会でもあるからです。

また、死者は目指すべき人格モデルでもあり、潜在意識の中の人格でもあり、それとの対話は無意識との対話を通した人格変容でもあります。

「祖霊」や「ホトケ」は古い表現ですが、今風に「心の奥底の声」とか「本当の自分」とで表現することも可能です。
死者との対話の中で、死者の人格は徐々に普遍化していき、それに応じて、生者の人格も普遍化をうながされます。

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