妖怪化した精霊の智恵の神・根源神としての復活 [その他の雑文・雑論]

アニミズムにおいて、人間に対して中立的な自然の諸力の表現だった「精霊」は、国家的な宗教の成立とともに、「妖怪」、「悪鬼」の類とされるようになりました。

ですが、中世インドのタントリズムや日本の一部では、こういった存在が二元論を超えた智恵をもたらす存在や根源神として見直られて、重要な尊格に昇格しました。

我々は、「妖怪」に対する夢見的な瞑想によって、自然な「精霊」の創造性を取り戻して、智恵を得ることができます。


<アニミズムの精霊信仰>

人間の原初的な信仰の形である「アニミズム」は、人間が最も長い時間を生きた世界観であり、人間の心の構造が正直に反映された世界観だと思います。

「アニミズム」では、霊魂があらゆる自然に宿ると考えます。
自然に宿る霊魂は、一般に「精霊(スピリット、タマ、マナ…)」と呼ばれます。

基本的に、「精霊」は、人間に対して中立な存在であり、善悪を決められない存在です。
「精霊」は、創造的であると同時に破壊的にもなります。

アニミズムの世界観では、「精霊」の本来の住処である「見えない世界(霊界、冥界、常世、根の国…)」は、「目に見える世界(地上世界、現し世…)」に対して基盤となる、創造力に溢れた世界です。
2つの世界は言葉の上では二元的ですが、その関係は二元論ではなく、地上世界は冥界の限定した姿であって、冥界は常に現世と密着して包み込むような関係です。

「精霊」の本質は、自然の目に見えない力であって、通常は、直感や雰囲気としてしか感じられない存在です。
それらは本来、人格を超えて、イメージを超えて動く力です。

ですが、人格やイメージ(姿形)を持った存在として人間に現れる(人間が受けとめる)こともあります。

「精霊」のイメージは、必ずしも定まったものではなく、複数の変容するイメージの運動として現れます。
言葉を通したコミュニケーションも行いますが、その言葉は象徴的で超論理的です。


「精霊」に中に、「グレート・スピリット」などと呼ばれる、至高の特別な存在がいます。

一般の「精霊」が、時にイメージを持ち人格性を現すのに対して、「グレート・スピリット」はそれらを持ちません。

「グレート・スピリット」は、原初的存在で、「精霊」を生み、そして、万物に内在して、それを生かす存在です。
そして、法の制定者、つまり、秩序の守護者とされます。

ですが、具体的な世界や文化の創造者とはされなかったり、人間とあまり関係を持たない存在とされたりすることもあります。


「アニミズム」の霊的存在者は、このように、「グレート・スピリット」と多数の「精霊」からなります。
どちらも、「神」と呼ばれる存在ではありません。

「グレート・スピリット」と「精霊」の関係は、一即多の関係で、「グレート・スピリット」は「精霊」を完全に超越したり統合する存在ではありません。


<成立宗教による妖怪化>

人間の原初的な世界観である「アニミズム」は、非定住の狩猟文化で生まれました。
ですが、その後、人間の文化は、定住革命、農業(牧畜)革命、王国革命といった諸革命を経て変化してきました。

諸革命の過程で、多神教が生まれ、さらに一神教が生まれました。
そして、少なくとも、王国革命に至るまでに、人間社会を導く秩序と正義の神々のヒエラルキーが構成されました。

その過程で、「アニミズム」は表面的には消えましたが、変形した形で残存しました

「グレート・スピリット」は、天の秩序の神である「高神」となりました。
中立的な自然の諸力の人格だった「精霊」達は、その一部は、地の豊穣神や、来訪する豊穣神などになりました。
そして、そこから外れた「精霊」達は、「妖怪」、「悪鬼」とされました。

密着していた「見えない世界」と「見える世界」は、分離的したものになって、「天上世界」と「地下世界(遠方の世界)」は、本質的に異なる世界となりました。

ですが、「高神」は死して(冥界に降り)復活することもある神です。
そして、豊穣神となった「精霊」達にも暗黒面がありました。
また、「妖怪(悪鬼)」となった下級の「精霊」達にも、豊穣面がありました。

つまり、彼らには、まだ、一定の両義性を持っていました。

ですが、一神教の誕生によって、「高神」は、他の神々を完全に排除、もしくは、統制する「唯一神」となり、豊穣神や「妖怪(悪鬼)」からは両義性はなくなりました。

キリスト教のような一神教は、異教の神々や、守護霊(例えば、ギリシャのダイモン)も「悪魔(デーモン)」と見なすようになりました。


このように、中立的だった「精霊」は、二元論的な「悪鬼」的存在として抑圧されたのです。


<タントリズムによる妖怪の智恵の最高尊格への昇格>

インド中世に興ったタントリズムは、アウトカースト(インド先住民)のアニミズム的な宗教、特に墓場の魔術的宗教を、仏教やヒンドゥー教が取り込んで生まれました。

これら原住民の宗教の神霊は、支配的で正当な仏教やヒンドゥー教からは、「悪鬼(鬼神)」と見なされていた存在です。
こういった神には、暗黒性・魔性と豊穣性という両義性を備えていました。

大乗仏教は、各地の神霊を、護法尊として取り込んできましたが、密教、特に後期密教の時代になると、「悪鬼」を出自とする尊格が重視されて、仏教内の位階を出世していきました。
そして、最終的には、「本初仏」や「守護尊」といった最高レベルの位階にまで達する尊格が生まれました。

密教では、「悪鬼」と見なされていた神霊達を、仏教の教義によって昇華しました。
彼らは、「精霊」本来の善悪、聖俗などの「二元論」を超えた存在として、悟りへ導く霊的智恵を持つ存在として捉え直されたのです。

精霊的鬼神である夜叉から、護法尊となり、さらに仏・菩薩の化身でもある守護尊へと出世した尊格がいくつかあります。

例えば、夜叉の王で、護衛役だったはずの執金剛神は、金剛手として菩薩に出世し、さらに、金剛薩埵や持金剛になって、根源神である「本初仏」にまで昇格しました。

また、ダキニ(荼枳尼天)は、もともとドラヴィダ系の地母神系豊穣女神で、人間の死肉を喰う悪鬼の類とみなされるようになっていました。
ヒンドゥー教では、シヴァの妃の暗黒相であるカーリーの眷属とされました。

仏教ではヒンドゥー・タントリズムのシャクティに相当する存在、つまり、動的女性原理として普遍化されました。
特にチベットでは、自我や言葉の煩悩から開放する智恵の守護者として重視されました。

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また、この広義のダキニに含まれるヴァジュラ・バーラーヒー(金剛亥母)は、その精霊的な猪豚の姿形を残したまま、最高レベルの女尊である「守護女尊」になりました。


<日本の中世の場合>

日本の中世でも、インドと似た宗教運動がありました。

日本に伝来したダキニ天(荼枳尼天)は、当初は死体を喰う悪鬼でしたが、稲荷信仰の宇賀神(蛇体の宇賀弁才天)と習合し、霊狐に乗った天女の姿でも描かれるようになりました。
そして、天照大御神の変化身とされ、天皇の即位潅頂の隠れた本尊にまでなりました。

密教とは無関係な潮流もありましたが、その根源には、おそらく、中部地方を中心に信仰される縄文以来の精霊的神格である「シャグジ(ミシャグジ)」があります。
これは、「嬰児神」、「胞衣神」、「丸石(石棒)神」などの性質を持つ神で、「地主神」、「道祖神」、「樹の神」とも習合しました。
日本の中世を代表する謎の多き神である「荒神」や「宿神」は、この「シャグジ」を背景とする、あるいは、「シャグジ」と習合した神です。

「荒神」は、仏教の文脈では、障礙神の「毘那夜伽」や、それと同体で護法神の「聖天」、忿怒尊などが習合し、神道の文脈では、地主神、山の神、樹木神、道祖神、蛇体の宇賀神などが習合した複雑な神格です。
ですが、この神は、「荒神縁起」では根源神にまで高められました。

「宿神」は、猿楽などの芸能者の神であり、秦氏の祖神の秦河勝でもあり、「荒神」とも習合しました。
猿楽師の金春禅竹は、この神を猿楽の「翁」であるとし、万物の根源神にして内在神にまで高めました。

以上のように、日本の中世では、「精霊」、「悪鬼」的な古い神霊を含めて、様々な神格が複雑に習合する中で、それらが根源神にまで高められることがあったのです。


<心理的に妖怪を開放して智恵にする方法>

単純化していうと、「精霊」が抑圧された存在が「妖怪」です。
心理的に、「妖怪」を自由で開放された「精霊」に戻し、そこから智恵を得る方法があります。

普遍化して言うと、抑圧されたイメージや象徴の力を解放する方法です。
フォーカシング指向心理療法の「フォーカシング」や、プロセス指向心理療法の「プロセス・ワーク」の方法がこれに当たります。

簡単に述べると、「妖怪」のイメージ、フィーリングに集中し、そのイメージが変化、成長し、物語が展開するままにします。

あるいは、そのイメージの本質である直観的・直感的なものに遡り、再度、新たなイメージとして展開します。
イメージを擬死再生させる儀礼です。

この作業は、一定期間の繰り返しが必要です。
これを行っているうちに、イメージや物語が徐々に肯定的なものに変化してきます。

この時に、「妖怪」を作り出している自我の部分を、否定して開放する必要があります。
つまり、自分自身も擬死再生することになります。

*フォーカシングについては姉妹サイトの「ユージン・ジェンドリンのフォーカシング」を参照してください。

*プロセス指向心理学については姉妹サイトの「プロセス指向心理療法のワーク」を参照してください。

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