縄文文化と月信仰 [伝統文化のコスモロジー]

規則的に満ち欠けを繰り返す月は、「再生」、「不死」、「豊穣」、そして、「時」と「秩序」の象徴であり、それを司る神です。

また、女性の月経を支配する、つまり、人間の出産を司る存在です。
そして、潮の干満を支配する、つまり、水の流れを司る存在です。

縄文文化は原地母神という女性原理の能産力、再生力を信仰の中心としていたので、必然的に月信仰を重視していました。

その後の倭国も、海の民(魚撈民)の影響の強い国でした。
海の民は、生活にとって何よりも重要な「潮」を支配する月を信仰していたと考えるのが妥当です。
実際、古代の日本は太陰暦を使用していましたし、多くの祭は満月の夜に行われました。
これは月を信仰していたからでしょう。


<再生を願う月信仰>

月は、自身が再生する存在であり、また、再生力、生命力を与えることで自然や人間の再生を可能とする存在です。

月は、一ヶ月周期で満ち、欠けます。
そして、3日間の死を経て新月(朔から三日月)として再生します。

月の明るい部分は、生命力、再生力が満ちていて、それによって光っています。
月の生命力、再生力は、月光として、稲妻として、あるいは、「変若水(おちみず、若返りの水、生命の水)」として、または、それを飲んだ蛇を通して、自然、人間に与えられます。

「変若水」は、主に雨を通して、あるいは、露という形で地上に下り、自然に吸収されます。

月は、「原地母神(太母)」の一部であるか、一体の存在、あるいは、密接に関係のある存在です。

月を象徴する図形には、「三角形」、「菱形」、「波線(蛇行線)」、「螺旋」などがあります。

月は、3日間、死んでから再生すると考えられたので、数字の「3」は、月(新月、三日月)を象徴します。
月の動物は、三本指であったり、三本足だったりします。

復活した三日月(新月)の象徴には、牛などの「角」、イノシシの「牙」があります。
「勾玉」もそうです。


<土偶>

縄文の土遇には、再生力の象徴である月信仰が表現されています。

涙、鼻水、ヨダレを流している土偶がありますが、これは月神が「変若水」を下していることを表現しています。

縄文の土偶の多くの口が開いているのは、「変若水」を受ける取るためです。
顔が平たく、上を向いているのも、頭上に取入口がある中空構造になっているのも、「変若水」を受けて入れるためです。
土偶が腕(脇)を広げているのは、新月の後に月光を切望している姿です。

三角の顔、ハート型(三日月を2つ合わせた形)の顔は、月神を表現します。
細長い目や眉毛は、三日月を表現しています。
遮光土偶は、赤ん坊の寝顔を表現していて、これは誕生した新月を表現しています。


<月の動物:蛇、蛙、兎、馬、蚕>

「蛇」は、何よりも脱皮して再生する点が、そして、鱗が光る、蛇行するなどの点が、月と共通しているので、月を象徴する動物です。

そして、「蛇」は、月の「変若水」を飲んだ存在であり、それを運ぶ存在です。
月神は、蛇となって人間の女性と交わります。
中でも海の彼方からやってくるセグロウミヘビが月神の化身でした。

「雷(稲妻)」は、光る(熱なく光る)点が、そして、蛇行し、雨(変若水)を導く点が、月神と似ているので、月の働きであり、「蛇」でもあります。

月神の性別ははっきりしませんが、女性と交わる蛇や稲妻は、男性です。


「蛙(ヒキガエル)」は、雨を呼ぶ点で、そして、冬眠から復活し、その背が月の模様に似ているなどの点で、月と関係する動物とされます。

「ヒキガエル」は、月に飛びついて、その模様になったという神話が、各地のモンドロイドにあります。
また、月の「暗」の部分の象徴でもあり、また、大地の象徴でもあります。


古代中国の三星堆文明では、月の模様から、月で「兎」が「不死の霊薬」をついていると考えられました。
「兎」は、月の「明」の部分の象徴でもありました。

おそらく、古い時代に、日本にもこれが伝わったのでしょう。
日本でも、「兎」は月と関係の深い動物とされます。


「馬」は月の飛行力を象徴する動物であり、月神への犠牲獣でした。
「古事記」に出てくる「天の斑駒」は月のような模様を持った馬であり、月神の化身でしょう。


「蚕」は月の虫、常世の虫です。
「蚕」の背には、「馬」の蹄の模様があります。

「蚕」は、最初は黒い姿(新月)ですが、何度か脱皮(再生)しながら1ヶ月ほどで満月のような繭に籠もって白い姿で復活します。
つまり、満ちていく月なのです。

そして、繭から作られた糸、それを織った衣は、月の光を放ちます。
ちなみに、日の巫女とされる「ヒルメ」の「ヒル」は、糸を延べて戻す作業のことで、「ヒルメ」とは月の巫女である「機織女」のことです。

中国の「捜神記」中の「女化蚕」や、日本の「遠野物語」のオシラ様の説話などで知られる養蚕神話(馬娘婚姻譚)は、剥がれた馬の皮が娘を包んで蚕(神)となったという神話です。
「蚕」と「馬」が結び付けられていますが、それを背景で結びつけているのは月信仰でしょう。


ちなみに、古代中国の三星堆文明(揚子江文明)の西大母の神話には、月、蚕、兎、ヒキガエルが揃っていました。


<月と動物と機織女>

機織女と蚕とヒキガエル、馬を登場させて、古代日本の月信仰を再構成してみましょう。

雨(=変若水)が降らず、自然の生命力が衰退した時、ヒキガエルが月に雨を祈願して鳴きます。
月は「変若水」を地上に落とすことで、自然を復活させます。

ですが、月は自身の生命力を失って欠けていき、深夜に空高くで輝くこともできなくなります。
そして、とうとう岩屋の中に隠れてしまい、夜の世界は暗闇となります。
月の再生を祈って、月に仕える巫女(機織女)も忌み籠りします。

月の生命力は自然が吸収します。
月の虫である蚕は桑を食べて、その中にある生命力を集めます。
蚕は黒い姿(新月)から白い姿(満月)へと、何度も脱皮しながら1ケ月かかって成長し、繭(満月)を作って変態します。

機織女は、月の生命力が凝縮した繭から絹を紡ぎ、光る衣(領巾・神衣・天の羽衣)を織り上げます。
規則正しく機を織る作業は、時と秩序と豊穣の月の特徴と重なります。
機織女は完成した領巾を振る呪術によって、月に生命力、光を返します。

また、馬を供犠として捧げます。

こうして、月は復活し、満ちゆき、馬の飛行力によって天高くで輝くことができるようになります。


<万葉集、出雲国風土記と月信仰>

「万葉集」に表現された世界観は、記紀神話に比較すると、政治的に改変された側面が少ないと思われます。

「万葉集」には月の歌は多く、太陽の歌は数少ないのです。
つまり、古代日本では、月信仰の方が強かったのです。

そして、「アマテル」という言葉は、月を形容する常套形容句(海を照らす月)でした。
つまり、「アマテル(アマラス)」は、本来は月の女神、あるいは、月の巫女神であり機織女を指す名前だったのでしょう。

実際、伊勢神宮の内宮の神楽歌にも、「アマテラス」を月とする歌が残っています。
また、内宮の秘伝書「倭姫命世紀」には、荒祭宮の多賀宮に祀られているアマテラスの和魂が「月天子」であると書かれています。

また、アマテラスの荒魂とされる「アマサカルムカツヒメ」の「天さかる向か」とは、月が西の天の極みに向かって昇ることを意味する常套句です。

さらには、本来の皇祖神であるタカミムスヒ(高木神)も槻に付く月神です。
「ムス」は再生を意味します。
そして、オオヒルメノムチ(=天照大神)はそれに仕える巫女です。

ちなみに、天皇を表す「スメラ」は月を表す「澄む」から来た言葉です。
また、天皇に名に現れる「タラシヒコ」の「足る」は月が満ちることを意味します。

*この項ここまで、三浦茂久「古代日本の月信仰と再生思想」を参照


三日月を表現する勾玉を神宝として重視する古代出雲には、月信仰が濃厚にあったはずです。
「出雲国風土記」に語られる加賀伝承は、月母神の創世神話だったはずですが、大和朝廷の意図によって改変されています。

本来の加賀伝承では、佐太大神の母、輝く支佐加比売(キサカヒヒメ)は月女神です。
洞窟の主であり、満月でもあったこの女神が、金の弓によって太陽を射落として新月の御子(=勾玉)である佐太大神(=オオナムチ)を生みました。

「加賀(カガ)」は、月光の輝きを意味します。
「佐太(サタ)」は、「更」+「足」、つまり、再生した満ちる月を意味します。
「猿田彦」も「佐太大神」と同じ神でしょう。

また、「出雲国風土記」に登場する神のアジスタカヒコは、大きな声で泣く児童神で、梯子を昇降します。
この神は、「変若水」垂らす新月、あるいは、「変若水」や稲妻として月から下り、また月に戻る神でしょう。
この神は、記紀神話のスサノオのモデルの一人だったのかもしれません。

*この項ここまで、ネリー・ナウマン「光の神話考古」掲載の坂田千鶴子「『出雲国風土記』砕かれた縄文槻神話の復元」を参照


<記紀神話と月信仰>

記紀神話は、縄文以来の月信仰を隠しました。
ですが、わずかに、その断片や改変された姿が残っています。


「日本書紀」では、月神のツクヨミがウケモチを殺すと、その死体の各所から穀物や蚕、牛馬が生まれます。 数少ない月に関する神話です。
この神話の背景には、月神が自然の死と再生を司る豊穣神と考えられていたことがあります。


「古事記」では、アマテラスが機屋で神に奉げる衣を織らせていた時、スサノオは機屋の屋根に穴を開けて、そこから皮を逆剥ぎにした天の斑馬を落とし入れます。
そのため、織織女が驚いて梭(ひ)で陰部を刺して死んでしまい、それに怒ったアマテラスは天岩屋に引き篭ります。

上に書いたように、馬は月の飛行力を象徴する動物であり、月神のツクヨミは馬に乗ります。
そのためか、馬は月神への犠牲獣でした。
スサノヲが馬を投げ入れたのは、馬を供犠にしたことが背景にあるのでしょう。

斑馬は月のような模様を持った馬であり、皮を剥がれているのは、光(=皮)を失った新月のことかもしれません。
であれば、岩戸に篭もったのは、アマテラス月女神です。

アマテラスは月の巫女であって、機屋に籠って、月を復活させる衣(=光)を織っていたのかもしれません。
また、アマテラスを岩屋から引き出す時に使った「鏡」は本来、満月の象徴でした。


「古事記」の出雲神話である「因幡の白兎」にも、その古層に月の神話があったと思われます。

因幡の白兎は海峡を渡るため、ワニを騙して一列に並ばせたワニの上を数えながら渡っていきますが、最後に嘘がばれて皮を剥がれます。
白兎が泣いていると、オオナムチが来て、治療法を教えてくれて治ります。

兎は月の明部の象徴ですから、ワニは暗部の象徴でしょう。
ワニを数えて海を渡るのは、月を読むこと(ツクヨミ)、つまり日を数えることです。
白兎が皮を剥がれるのは、満月が徐々に欠けて新月になるからです。

白兎が泣くのは、月が「変若水」を自然に降らすためです。
オオナムチには、復活した新月の神という性質が隠れています。


<月神話の心理学的意味>

太陽が意識的自我の象徴なら、月は無意識的な自己の象徴です。

古代の世界観においては、後者を重視し、後者が前者の創造力の基盤でした。
特に、狩猟文化では、女性原理の生む力を信仰し、人工的に田畑を管理する農耕文化とは違って、自然の森の中へ動物を迎えに行くので、後者を重視します。

太陽の死と再生を考えることは、意識の創造力を考えることです。
ですが、月の死と再生を考えることは、無意識の創造力を考えることです。
後者は、前者の基盤です。

月の死と再生を心に刻むことは、より深い創造力と、人格の成熟を導くことができます。

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