農耕文化の天地聖婚・穀霊信仰 [伝統文化のコスモロジー]

このページでは、新石器時代以降に生まれた農耕文化の宗教的コスモロジーを、別ページで紹介した狩猟文化のそれと対比してモデル化します。


<天の男神と地の女神の聖婚>

シャーマンに関して対比すれば、狩猟文化が脱魂型の男性シャーマンが中心だったのに対して、農耕文化では憑依型の女性シャーマン(霊媒、巫女)が中心となります。

冥界に行くこと、動物の魂を冥界に送ることは、死に関わるので男性の仕事であり、現世に魂を呼ぶことは、生に関わるので女性の仕事なのです。

そして、狩猟文化の男性シャーマンの相手となる神は、「冥界の女神(原地母神、動物の女主)」であり、農耕文化の女性シャーマンの相手となる神は「天空の男神(太陽神、嵐神)」です。

・狩猟文化:脱魂型男性シャーマン―原地母神(動物の女主)
・農耕文化:憑依型女性シャーマン―天空男神(太陽神・嵐神)

狩猟文化では、「祖霊」が動物の再生や豊猟に関わることはあまりありませんでした。
ですが、農耕は、人工的に作られた田畑を人間が管理します。
おおらくそのためか、農耕文化では「祖霊」が穀物の生育を見守ります。

ですが、必要な自然の力もあって、主なものは、太陽の光・熱と、水です。
そのため、最も重要な豊穣神は、太陽神や嵐神(雷神、雨神)のような天空神です。
どんな神が重視されるかは地域によって特性があります。

雷神、雨神は、狩猟文化では月神の働きのような存在でしたが、農耕文化では月神より太陽神の重要性が上がったためか、雷神、雨神と月神との関係は薄れたようです。

そして、穀物の豊穣のためには、これら「天の豊穣神」と、「地の豊穣神(地母神、田畑の女神)が結びつくこと、つまり、「天地の聖婚」が必要となります。

そのため、太陽光や雨、稲妻が、精液や男根に譬えられるようになりました。
また、狩猟文化では地母神と傷つける行為としてタブー視される大地の耕作にも、「聖婚」の観念が生まれ、鍬が男根に譬えることになりました。

狩猟文化の「原地母神」が、息子(=男根)を自身の一部として含む両性具有的存在だったのとは違って、農耕文化の「地母神」は単性の女(母)性神です。
そして、「天神」も単性の男(父)性神であり、男神は「父性原理」として「原地母神」から独立したのです。

また、女性シャーマンは、天空男神の神霊を憑依させると共に、それと聖婚し、その御子神を生んで、出産(ミアレ)します。

一方、農業文化を基にした王国では、王が天空男神の子、あるいは、子孫、化身と見なされて、神として、死と再生や聖婚の儀礼を演じました。

「天地の聖婚」の観念は、天空と地上・地下の分離を意味します。
狩猟文化では、重要性の乏しかった天上、天神が、農耕文化では重要な存在となり、その分、地下の冥界の重要性が減りました。


<季節循環の神話・儀礼>

穀物の育成の管理が必要な農耕文化では、狩猟文化よりも、季節循環の儀礼や神話が重要となりました。

季節循環は、「天の豊饒神」が「不毛神(冬や乾季の神)」や「冥界神」と戦って死んで冥界に落ちたり(バアル、マルドゥク、ホルス神話など)、「穀物神」やその「息子・娘」が「冥界神」によって連れ去られて(デルメル・ペルセポネー神話など)、これらを復活させたり連れ戻すといった形で表現されました。

季節循環は、次のような神話として表現されました。

「天の豊饒神」が「不毛神(冬や乾季の神)」や「冥界神」と戦って死んで冥界に落ちて、豊穣女神に助けられるなどして復活する。(バアル、マルドゥク、ホルス神話など)
「穀物神」やその「息子・娘」が「冥界神」によって連れ去られて、豊穣女神に助けられるなどして地上に戻る。(デルメル・ペルセポネー神話など)

また、豊穣女神は、荒ぶる存在となって不毛神と戦うこともありました。
ですが場合によっては、狂気に落ちて天神や穀物神を殺す存在にもなりました。
ここには、狩猟文化以来の「原地母神」=「冥界母神」として側面が変形されて現れているのでしょう。

天と地下の分離と平行して、善と悪の分離も進みました。
冥界は、豊饒や再生よりも、死や病気をもたらす存在として、悪という性質が強くなりました。
つまり、生命の循環の意味が少し変わって、冥界に行くことは、狩猟文化のような「帰還」や「再生」ではなく、悪に屈するという意味を持つようになりました。


<山の神と聖樹>

麦の畑作や水稲農業の文化の前に、山間部などでの焼畑農業や、イモなど根菜類の栽培農業の文化がありました。

焼畑、根菜農業では、豊穣女神の遺体からの穀物の誕生(ハイヌヴェレ、オオゲツヒメ型神話)や、地母神の火による死(イナザミ)と再生という神話が生まれました。

狩猟文化では、豊穣神である「原地母神」は、「山の神」でもありました。
焼畑農業では、山間の聖地と農地の間を豊穣女神が循環・来去するという観念が生まれました。
また、伐採された焼畑の農地には大きな樹が残され、そこに女神が宿るとされました。

この豊穣女神の循環の観念は、その後、里にある畑や水田にも持ち込まれ、「山の神」が「畑の神」、「田の神」として循環・来去すると考えられるようになりました。

そして、山から切り出された樹が、家、田畑に祀られました(若木迎え、門松、メイポール、クリスマスツリー)。


ですが、田には水が山から流れてきますが、畑は天水なので、「畑の豊穣男神」が天から直接、昇降すると考える場合もあります。

また、日本では、「天の豊穣神」の中でも、雷神は、山に降りて「山の豊穣男神」になることがあります。
狩猟文化では、雷神は月神の蛇体の化身であって、女性と交わる男性神でしたので、農業文化でもこれが継承されています。

ですが、男女の「山の神」が習合することで、性別が不明確になります。


年周期で来去する豊穣神は、春には若い神として来て、秋には老いた神として去ると考えられました。
上に書いたように、巫女が豊穣男神と聖婚して御子神(若宮)を生むと考える場合もあります。

日本では、「山の女神」は、新年に里に降りて、まず、「家の神(竈神)」になり、田に導かれて「田畑の神」になりました。


<穀霊のライフサイクル>

狩猟文化での「動物の魂」に対応するのは、農耕文化においては穀物の魂である「穀霊」です。

穀物は一般の植物とは異なった特別の存在で、食物の女神の遺体から生まれたり、その種が英雄(シャーマン)や鳥によって天上からもたらされたりしたものと考えられました。

狩猟文化では、動物が地上と冥界の「原地母神」の元を循環・来去したように、農耕文化では、「穀霊」が年周期で循環します。
この「穀霊」の再生と共に、宇宙も年周期で更新されるのです。

穀物のライフサイクルは、人間のライフサイクルと同様のものとして、対応して考えられました。

つまり、米や麦が育って穂が実ることは穀母になって受胎・妊娠すること、脱穀することは出産すること、苅取りは死ぬことです。
そして、種を倉庫に保管したり大地に巻いたりすることは、穀童が冥界に落ちること、発芽することは再生することです。


<農耕儀礼>

「天地の聖婚」や「穀霊」のライフサイクルなどの観念に従って、様々な農耕儀礼が行われます。

狩猟文化の流れを引く男性シャーマンがいる場合は、天上や冥界にトリップして種を盗み出したり、悪霊に盗まれた種を取り返したりする儀礼が行われることもあります。

男性秘密結社のメンバーが、村を訪れる「祖霊」に扮して、「穀霊」や「穀物の種」をもたらす場合もあります。
先に書いたように、「祖霊」は、穀物の生育も見守ります。

新年には、実際の農作業に先立って、農作業を模した「予祝儀礼」が行われます。
狩猟文化の影響からか、「儀礼的狩猟」が行われる場合もあります。

水稲農業の田植えは、おそらく、人間で言えば成人に相当する段階です。
日本では、田植えは、早乙女と呼ばれる女性が担当しますが、雷神を誘惑して稲妻と雨を田に導きます。
これは、雷神と田の女神(稲の穀母)との聖婚です。

収穫時には、「初穂儀礼」と「刈り入れ儀礼」が行われます。

東南アジアや沖縄では、脱穀前の初穂と農婦が添い寝をして、出産を模した儀礼を行いました。
そして、初穂を豊穣神に捧げて(穂掛儀礼)、穀物を神と「共食(新嘗祭)」することが重要な儀式になりました。

ヨーロッパでは、乱痴気騒ぎ的な儀礼や、農夫婦が畑で聖婚を演じる儀礼、麦の花嫁と花婿を結婚させる儀礼などが行われます。
また、収穫の後の麦(「婆さん」などと呼ばれます、麦穂から人形を作る場合もあります)を焼いて、その灰を田畑にまくという、死と再生の豊饒儀礼を行います。

<穀霊の秘儀>

農耕文化では、「穀霊」を、人間の魂の原型であり、特に新しく実った復活した「穀霊」が、純粋で生命力溢れる純粋な魂であるとして、信仰の重要な対象になりました。

具体的には、特に、最初に収穫された初穂、地域によっては最後に収穫された穂が神聖視されました。
そして、その穂が「家の守り神」として祀られました。

穂から脱穀された「籾」は出産された嬰児であり、精米された「白米」は「穀霊」と見なされたのでしょう。

狩猟文化の宗教の本質は、原地母神の創造性と一体化することですが、農耕文化の宗教の本質は、再生した穀霊としての純粋な霊魂と一体化することなのです。

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