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アーノルド・ミンデル [ネオ・シャーマニズム]

アーノルド・ミンデルが発展させた「プロセス指向心理療法」は、彼の独創的なアイディアによって、心理療法を新しい次元へ、多方向へ、統合的に拡張したものです。
また、それは、ネオ・シャーマニズムやトランス・パーソナル心理学と方向性を共有し、それらを包含しています。

ミンデルは、シャーマニズムの影響を受けていて、「シャーマンズボディ」という著作もあります。
ミンデルの言う「プロセス」とは、その本質において、シャーマンがトランス状態の身体で体験するリアリティでもあります。

プロセス指向心理学は、イメージや言語以前の微細なリアリティに対する直観を、24時間ずっと自覚し続けることを目指します。
ミンデルはそれを「24時間の明晰夢」と表現しますが、それがチベット仏教の「大いなる覚醒」、ヒンドゥー教の「サハジャ・サマディ」、タオイズムの「無為」であるとも書いています。
ですが、これは、当ブログの表現で言えば、「高等シャーマニズム」や「高位イニシエーション」が目指す境地でもあると思います。


このページの記事は、姉妹サイトの記事「アーノルド・ミンデルのプロセス指向心理学」と「プロセス指向心理療法のワーク」を、シャーマニズムをテーマとして再編集してまとめたものです。

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<ミンデルの歩み>

アーノルド・ミンデルは、1940年にニューヨークで生まれ、マサチューセッツ工科大学で応用物理学を学びました。

ですが、心理学への転向を志し、スイスのチューリッヒにあるユング研究所で分析心理学を学びました。
そして、1970年には、オハイオ州のユニオン大学院で博士課程修了し、その後は、ユング心理学研究所で分析家として活動しました。

ミンデルは、「身体症状」などを「夢」と同一のものとして捉え、それが自我を相対化する知恵であると考えるようになりました。
ミンデルは、これを「ドリームボディ」と名付けました。
そして、1980年代初頭に、同僚と共に「プロセス指向心理学」のワークを始めました。

1980年代後半には、妻のエイミーとアメリカに戻り、1990年、オレゴン州ポートランドに、「プロセス・ワーク研究所」を設立しました。

その後も、ミンデルは、次々と新しい観点、新しいワークを生み出し、自身の心理療法を進化させ、著作も次々と出版し続けました。

1993年には、「シャーマンズボディ」を出版し、カスタネダを含むシャーマニズムの思想とプロセス指向心理学を統合しながら、「ドリームボディ」を環境内の存在としての「シャーマンズボディ」に拡張しました。

2000年には、「24時間の明晰夢」を出版し、イメージ以前の微細な(センシェント)直観的な次元の気づきを常態化する「24時間の明晰夢」を提唱しました。

そして、2001年には、プロセス指向心理学を体系的した「プロセス指向のドリーム・ワーク」を出版しました。

また、2007年には、プロセス指向心理学を、量子力学、タオイズム、シャーマニズムと統合して「道の自覚」をテーマとする「大地の心理学」を出版しました。


<プロセス>

ミンデルは、環境とつながった心身が、全体として変化する体験の流れを、「プロセス」と呼びます。
ミンデルは、それを「タオ」とか「大河の流れ」とも表現するように、それが人間を越えた環境内の存在であることを強調します。

ミンデルは、2つの「プロセス」を区別します。
自分が同一化している「一次プロセス」と、排除して周縁化された「二次プロセス」です。
そして、2つのプロセスを隔てる壁を「エッジ」と呼びます

プロセス指向心理療法のワークでは、「二次プロセス」を感じ、それになったり、それとコミュニケーションをとったりします。

「二次プロセス」になかなかアクセスできない場合は、「エッジ」を対象にして、同様のワーク行います。
「エッジ」を橋とイメージしてそれを渡ることを想像したり、「エッジ」を擬人化してコミュニケーションしたりするのです。
「エッジ」を渡る時に、人は変性意識状態になります。

シャーマニズムの観点から見れば、「一次プロセス」は日常の自己、「二次プロセス」はトランス状態の自己です。
「エッジ」は、「地下世界」や「天上世界」に至るための「トンネル」や「穴」のような存在でしょうか。

プロセス指向心理療法では、このように、自己が同一化する対象を変える「布置の変化」がワークの特徴です。

「二次プロセス」とワークすることは、「一次プロセス」を相対化し、両者を統合することになります。
逆に言えば、「二次プロセス」として現れるものは、「一次プロセス」を中心にして生きることを批判し、修正を促すものなのです。
後述するように、たとえそれが病気のような身体症状であっても、一種の知性であると受け止めます。

シャーマニズムの部族社会の世界観では、本質的には「二次プロセス」を重視します。
シャーマンや部族のイニシエーションは、「二次プロセス」を体験し、それを中心に自己を組み替えるためのものです。


<リアリティの3階層>

プロセス指向心理学では、3つの意識、3つのリアリティの階層を考えます。

・合意的現実  :覚醒時の合理的現実、一次プロセス
・ドリームランド:ドリームボディ、二次プロセス中心
・ドリーミング :センシェント、エッセンス

「合意的現実(コンセンサス・リアリティ)」は、日常的現実であり、それに対応するのは、覚醒時の合理的意識です。

合理的意識は言語的で、「二元的」な対立の世界であり、排除や権力が存在します。

「ドリームランド」は、「夢」のリアリティですが、プロセス指向心理学では、夜の夢の中だけではなく、覚醒時にも常に存在して、身体症状などとして現れると考えます。
そして、この「夢」=「身体」的存在を「ドリームボディ」と呼びます。

「ドリームランド」には、「二元的対立」ではなく、「二極の交流」があります。

「ドリーミング」は、言葉やイメージの種となる「センシェント(微細な)」な意味の「エッセンス」の世界であり、その意識です。
ジェンドリンが、「フェルトセンス(感じ取られた意味)」と表現したものとほぼ同じです。
「センシェント」な意識は瞑想的な意識、変性的意識です。

この意識・リアリティは、覚醒時も含めて、一日中、常に存在しています。
身体としては、インド神智学の概念である「サトル・ボディ」が対応します。
この世界は、「非二元的」な一つの存在です。

「ドリーミング」という名称は、アボリジニーの「ドリーム・タイム」の影響を受けています。
「夢の創り手(ドリームメイカー)」とか、「大きな自己」とも呼ばれます。

また、ミンデルは、第4のレベルとして、自覚的な「プロセス」を考えます。
これは、3つのレベルの間を移動する自覚的意識です。

「ドリーミング」を対象としたワークでは、直接「エッセンス」を見つけてそれを感じることもあれば、夢のイメージなどからその「エッセンス」へ遡ることもあります。
そして、次に、それを「展開」して、イメージや言葉にしたり、擬人化して会話したりするのです。

「ドリーミング」の次元は、「一次プロセス」、「二次プロセス」の分離以前の次元です。
ですから、この次元を含むワークでは、「一次プロセス」によって「二次プロセス」を統合するとか、「二次プロセス」によって「一次プロセス」を相対化したりするとは考えません。
「夢の創り手」である「大きな自己」となって、その観点から全体を見て、「プロセス」を進展させることを促します。


<シャーマンズボディ>

ミンデルは、著書「シャーマンズボディ」で、プロセス指向心理学にシャーマニズムの思想や技法を取り入れる一方、シャーマニズム、特に、カルロス・カスタネダの思想をプロセス指向心理学の立場から解釈しています。

まず、ミンデルがシャーマニズムの特徴とするのは、プロセス指向心理学が「ドリームボディ」と呼んだ「夢=身体」が、周囲の世界と密接に結びついていると考える点です。
そして、この周囲の世界、部族の希望と結びついた身体を、「シャーマンズボディ」と呼びました。
この「シャーマンズボディ」は、「ドリームボディ」よりも、強くトランス状態と結びついています。

ミンデルは、シャーマニズムが、自然を含めた周囲の世界が、夢見られているものであり、また、一種の知性であると考えていると理解し、次のように書いています。

「アボリジニーの考え方によれば、…精霊たちは生きていて、今ここで起こっている出来事を夢見ていると考えられているのである」
「シャーマニズムは、周囲の世界が独自の知性を持ち、それもまたあなたの一部であるということを想起させてくれる」

ミンデルは、カスタネダの言う「第二の注意力」を、自我が締め出すものへの集中力、思いがけないプロセスに対する注意力、夢見の世界への鍵であると言います。

そして、カスタネダの言う「盟友」は、「二次プロセス」に対応する存在を、敵対的に受け止めない姿だと解釈し、次のように書きます。

「対立的な局面を克服すべき敵とは考えず、自分にとって最も力強い盟友となる潜在的な可能性を持つものとして理解する」

ですから、ミンデルは、「盟友」と自己を統合するべきもとだと考えます。

「自分が盟友に、盟友が自分に似てくることは、あなたが以前より統合され、自己の全体性を生き始めたことを示している」

ですが、「二次プロセス」を敵対的に考えないプロセス指向心理学の考え方は、カスタネダのトルテックよりも、サージ・カヒリ・キングのフナに近いように思います。

また、ミンデルは、カスタネダ(ドン・ファン)が言う「心ある道」を、「ドリーミング」に従う道であると解釈します。


<ワークと自覚>

ミンデルは、プロセス指向心理療法の手法には「自覚」だけしかないと書いています。

ですが、「自覚」にも様々な種類があり、具体的には様々な対象と方法があります。

ワークの基本的な方法は、特定の対象を選んで、それを十分に感じること、そして、それらになったり、それらの立場から考えたり、それらを擬人化してコミュニケーションをとって、その正体や希望などを尋ねたりすることです。
あるいは、それをイメージや動作などの様々なチャンネルで表現したり、物語として展開したりします。

もちろん、これらは、半覚醒・半夢見の意識の状態で行います。
また、日常生活の意識に戻って、以上の体験がどのように役立たせることができるかを考えます。

トランス的状態で、擬人化してコミュニケーションを行い、物語として受け止める点で、シャーマニズムの方法と共通点があります。

プロセス指向心理学のワークは「プロセス・ワーク」と総称されますが、その対象や方法によって、様々な名称が存在します。

以下、シャーマニズムと関連性のあるプロセス指向心理療法の「ワーク」の種類をあげて、簡単に説明します。


<ドリームボディ・ワーク>

一人で内面を対象にして行うワークは、「インナー・ワーク」と総称されます。
これには、以下のような様々なワークがあります。

夢のイメージや身体症状を対象にしたものは、「ドリーム・ワーク(ドリームボディ・ワーク)」です。
夜見た夢の続きを見たり、登場人物や気になるものを対象にして展開したりします。
身体の症状、痛みや慢性症状も「ドリームボディ」の表現と考えて、それを対象とします。

「ドリーム・ワーク」を二人で行うことは、「共に作り出すドリーミング」と呼びます。
これは、解釈者と一緒に夢見し、解釈するワークです。


<センシェント・ワーク>

「ドリーミング」の次元にある漠然とした「センシェント(微細)」な感覚、意味の「エッセンス」(種)を対象にするワークは、「センシェント・ワーク」と呼ばれます。
これは、ユージン・ジェンドリングの「フォーカシング」とほぼ同じです。
この「センシェント・ワーク」は、一種のトランス状態が求められます。

「センシェント・ワーク」では、直接「エッセンス」を見つけてそれを感じることもあれば、夢のイメージなどからその「エッセンス」へ遡ることもあります。
そして、次には、それを「展開」させます。
つまり、イメージや言葉にしたり、擬人化して会話したりするのです。


<フラート・ワーク>

プロセス指向心理学では、「ドリーミング」、「ドリームランド」、「合意的現実」の3つのリアリティ間に存在するものがあって、これらを対象とするワークも行います。

「ドリーミング」と「ドリームランド」の間にあるとされるのは、「フラート(フラッシュ・フラート)」で、これを対象とするのは「フラート・ワーク」です。

「フラート(魅惑するもの)」は、ふっと瞬間的に魅力を感じるもの、一瞬、心をよぎるものです。
あるいは、視覚で言えば、周りを見渡して、目を引くもの、なぜが気になって魅力を感じるものです。
ミンデルは、「フラート」がはっきりしない願い事に対する返答だとも書いています。

「フラート・ワーク」でも、まず、「フラート」の「エッセンス」を感じて、その後、展開します。


<秘密のドリーム・ワーク>

一方、「合意的現実」と「ドリームランド」の間に存在するものは、「ドリームドア」です。
これは「ドリームランド」への入口です。
これを対象とするのは「ドリームドア・ワーク」、あるいは、「秘密のドリーム・ワーク」です。

「ドリームドア」は、視覚的には、周りを見渡して、継続的に注意を引いて離さないものです。
会話の中では、今、ここ、私でない誰かとして語られるもの、繰り返し力説する話題だったりします。
他にも、不完全な文章、混ざる外国語、繰り返される言葉、思い出せない言葉、誇張されるもの、良く浮かぶメロディなども、「ドリームドア」かもしれません。

「ドリームドア」を対象にすると、夜に夢を見ない人でも、あるいは、夜に見た夢を対象としないでも、「ドリームランド」に入っていくことができます。

シャーマンが、気になる植物や物(パワーオブジェクト)を見つけるとそれを拾って、トランス状態でその魂(スピリット・ヘルパー)とコミュニケーションを行います。
シャーマンにとって、「パワーオブジェクト」は、一種の「ドリームドア」ではないでしょうか。

また、「ドリームドア」のワークもそうですが、日常生活を夢と捉えて、そのどこかに焦点を当てていくワークを、「秘密のドリーム・ワーク」と呼びます。
例えば、過去の記憶を夢と捉えたりして、それらとワークすることができます。

ハワイのネオ・シャーマンであるサージ・カヒリ・キングは、こういった夢見を勧めています。


<人間関係のワーク>

一人で内面に向かう「インナー・ワーク」に対して、人間関係を対象とするワークは「人間関係のワーク」と総称されます。
日常を対象にする「秘密のドリーム・ワーク」にも、これがあります。

「人間関係のワーク」で重視され、対象とされるのは、転移、投影、逆投影、「ランク(権力)」、「ドリーミング・アップ」、「シグナル」、「エッジ」、「ビッグ・ドリーム」、「センシェントなもつれ」、など数多くあります。

「ドリーミング・アップ」は、ある人の夢や無意識的な行為が、相手を刺激して感情を作るという作用です。

「シグナル」は、人が会話でコミュニケーションしている時に、本人が意図せずに、会話の内容と違うメッセージを、言い方や表情、動作などを通して送っていることがあります。
これを「ダブル・シグナル」と表現します。
こういった「身体シグナル」も、人間関係の中で表現される「夢」と言えます。
シグナルを対象としたワークは、「シグナル・ワーク」と呼びます。

また、社会全体との関係を対象とする場合は、「コミュニティ・ワーク」と呼ばれます。


人間関係にも「エッジ」があって、特定の人間に対して、何らかの感情から自分を制限している壁です。
「エッジ」を対象とするワークは「エッジ・ワーク」と呼ばれます。

ある人との長期的な関係を、最初の大きな体験の記憶や夢が規定する場合、その体験や夢を「ビッグ・ドリーム」と呼びます。
ミンデルは、それを一種の「神話」であると言います。

「センシェントなもつれ」とは、人間関係の中で、特定の誰かに属するような形のはっきりしたものではなく、関係の中に微細な雰囲気として存在するものです。
これを対象にするワークは、相手の体に触れていき、ある場所に何か感じたら、それに集中する方法で行います。

シャーマンが、部族の中で意識的に共有されていない問題を、トランス状態で物語として明らかにして、解決することがあります。
これは、「秘密のドリーム・ワーク」や「人間関係のワーク」、「コミュニティ・ワーク」の一種だと言えなくもありません。


<ワールド・ワーク>

「ワールド・ワーク」は、世界的に普遍的なテーマ(人種や男女の差別など)を取り上げて行う一種のグループをセラピーです。
グループをセラピー対象の個人と同様に捉えるのが特徴です。

個人のセラピーでは、「一次プロセス」、「二次プロセス」、「エッジ」を意識して、最終的に「ドリーミング」の観点に立ちます。
同様に、グループ対話では、主流派と非主流派、あるいは、発言されない意見(ゴースト・ロール)、話が進まなくなる「エッジ」などを意識しながら、「場」としての癒しのプロセスを進行させます。

この時、主流派と非主流派を同等に扱うことを「ディープ・デモクラシー」と呼びます。

一般に、部族社会では、こういった話し合いのファシリテーターは酋長です。
ですが、語られない、意識されない、非主流派や個人の問題は、無意識的なものであって、それをトランス状態の中で物語として明らかにするのはシャーマンの役割でもあります。


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アルベルト・ヴィロルド [ネオ・シャーマニズム]

アルベルト・ヴィロルドは、ネオ・シャーマニズムの旗手の一人です。

彼は、ペルーの高名なシャーマンのドン・エドゥアルド・カルデロンをはじめ、アンデス、アマゾンのシャーマンに学んだため、マイケル・ハーナー同様に、トリップ体験をもとにした治療を重視します。
ですが、メキシコのトルテック系のカルロス・カスタネダやドン・ミゲル・ルイスのように、精神の解放も目的とし、さらに、エネルギー・フィールド(霊体)を利用した治療も行います。
また、ユング心理学にも興味を示し、イメージや象徴を重視して、心理療法のような手法も使います。

このように、ヴィロルドは、ネオ・シャーマニズムの諸潮流を統合する位置にいます。

*このページの記事は、姉妹サイトの記事をそのまま掲載したものです。

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<ヴィロルドの歩み>

アルベルト・ヴィロルドは、1949年、キューバ生まれの心理学者、医療人類学者です。

ヴィロルドは、サンフランシスコ州立大では博士号を取得し、同大学の非常勤教授時代には、生物学的自律研究所を設立しました。
そして、そこで、エネルギー医学の観点から、脳と心因性の病気や健康の関係を研究しました。

その後、研究範囲を広げて、精神の影響を対象とする必要を感じ、アンデスとアマゾンでシャーマンの治療法の研究を始めました。
1970年から79年にかけては、ペルーの高名なシャーマンのドン・エドゥアルド・カルデロンの調査を行い、弟子になりました。
ヴィロルドはこのシャーマンの影響を受けています。

こうしてヴィロルドは、独自のヒーリング手法を編み出しました。
彼の手法は、食からエネルギー・フィールドまでを含む全体的なものです。

ヴィロルドは、活動的な人物で、「フォー・ウィンド・ソサエティ」、及びチリの「エネルギー・メディスン・センター」のディレクターであり、「ライトボディ・スクール」の設立者です。

ヴィロルドには、共著「ヒーリングステート」(1987)を最初として、「シャーマン、ヒーラー、セージ」(2001)、「4つの洞察力」(2007)、「勇気ある夢」(2010)、「パワー・アップ・ユア・ブレイン」(2011)、「グロウ・ア・ニュー・ボディ」(2019)など、多数の著作があります。
日本で翻訳されているのは、「ワン・スピリット・メディスン」(2015)のみです。


<ワン・スピリット・メディスン>

ヴィロルドは、病気と治療に関して「ワン・スピリット・メディスン」という考え方、治療体系を提唱しています。
著書「ワン・スピリット・メディスン」によれば、これは病気の原因も治療法も一つである、というシャーマンの考え方です。

病気の原因は、「グレート・スピリット」からの隔絶であり、治療法は、すべての存在(グレート・スピリット)と一体になることです。

ですが、具体的な方法としては、次のように複数に分けられます。

・食事療法
・個人の内なる地図の塗り替え(エネルギー・メディスン)
・ヴィジョン・クエスト


「食事療法」は、断食、植物中心の食生活によるデトックス、スーパーフード、スーパーサプリなどによる栄養素の摂取、プロバイオティクスなどによる腸内環境の調整などです。

ヴィロルドは、大脳辺縁系に蓄積された制約的な信条、無意識のプログラムを「専制君主」と呼びます。
これは恐怖や怒り、苦悩などの有害な感情をつきまとわせるもので、トラウマ体験があればここに埋め込まれています。

ヴィロルドの「専制君主」は、カスタネダの「捕食者」やルイスの「パラサイト」に似た存在です。
ですが、ヴィロルドの場合、それを言語的なもの(左脳)とするのではなく、大脳辺縁系(哺乳類脳)の働きとする点が特徴です。

ヴィロルドは、「食事療法」がこの大脳辺縁系をアップグレードする力を持っていると言います。


次の「個人の内なる地図の塗り替え」というのは、個人のアイデンティティや人生観を変えることです。
この「地図」は、外界の認識や信条も作っています。

ヴィロルドは、これらを担っているのは大脳新皮質だと言います。
大脳新皮質のプログラムは、創造に関わるもので、「ワン・スピリット・メディスン」によって活性化されます。

大脳新皮質の右脳は神話によって起動します。
そのため、「新しい自分の神話」を見つけることで、「個人の内なる地図の塗り替え」が可能となります。

つまり、自分をヒーローとする神話的な人生の新しい自己イメージを作ることです。
そしてそれは、有機的・調和的な世界観と、死の恐怖のない全体との一体感を伴うものです。

ヴィロルドは、「日常的リアリティ/非日常的リアリティ」という区別を、量子力学の比喩から「粒子の状態/波の状態」と表現します。

夢や神話、エネルギー・フィールドは、「波の状態」に当たります。
「ワン・スピリット・メディスン」は、夢に見た世界を現実にしてくれると言います。
そして、神話は、エネルギー・フィールドに働きかけること(エネルギー・メディスン)で、健康になる遺伝子のスイッチをオンにすることができます。

「新しい自分の神話」作りには、「メディスン・ホイール」を利用すると便利です。
「メディスン・ホイール」は、4方位に動物を配置する世界観であり、それぞれの方向に対応する元型的な物語(地図)があります。
それらをつなげることで、全体としての「新しい自分の神話」を作ります。

1 南:蛇      :ヒーラーの旅
2 西:ジャガー   :聖なる女性性への旅
3 北:ハミングバード:賢者の旅
4 東:鷲      :ヴィジョナリーの旅

1の「ヒーラーの旅」では、過去の自分の社会的な役割を脱ぎ捨てます。
これは男性性の癒しの旅です。

この段階で行うヒーリング手法としては、不快な自分の役割を紙に書いて焼くといった儀礼的方法があります。
また、エネルギー・フィールドから古い刷り込みを消す「イルミネーション・ワーク」(詳細は後述)も行います。

2の「聖なる女性性への旅」では、女性性のエネルギー、死に直面します。
死の恐怖を解放するために未知への敷居を跨ぎ、女神から贈り物をもらいます。

この段階で行うヒーリング手法としては、やはり、エネルギー・フィールドから病気の痕跡を消し、チャクラの重たいエネルギーを解放する「イルミネーション・ワーク」を行います。

3の「賢者の旅」では、沈黙・静寂を学びます。
言葉のない沈黙の知によって、自分たちが現実を考えているものが幻想であり、共同で創造しているものに過ぎずないことを理解します。

この段階で行うヒーリング手法としては、呼吸に集中して自分を観察する方法があります。

4の「ヴィジョナリーの旅」では、自分が全体の一部であると理解し、創造に参加し、叡智を他人と共有します。
天上への旅によって、叡智を持ち帰ったりします。

この段階で行うヒーリング手法としては、未来の自分を「見る」ことで成長を促す方法があります。

以上の「新しい自分の神話」は、変性意識や夢見でヴィジョンとして見るのではなく、瞑想的な方法によって時間をかけて内面化するのでしょう。


次の「ヴィジョン・クエスト」は、「グレート・スピリット」とつながることです。
「グレート・スピリット」は、見えないマトリックス、宇宙の知的フィールドであり、生命を調和させる力です。

「ヴィジョン・クエスト」は、「メディスン・ホイール」の4つの物語を内面化できて始めて、試みることができます。

「ヴィジョン・クエスト」では、食事制限をした後、野外で3日間、動かずに過ごしてヴィジョンを得ます。
多くの場合、現れたパワー・アニマルと対話を行い、その動物になる想像をします。

また、「ヴィジョン・クエスト」とは違いますが、様々な「地下世界への旅」を夢見で行うことも、ヒーリングの方法です。(詳細後述)

「新しい自分の神話」や、ヴィジョンの旅など、ヴィロルドは、象徴的なイメージや心理療法的とも言えるようなヒーリングを重視するのが特徴です。


<光が輝くエネルギー・フィールド(LEF)>

ヴィロルドは、人間のエネルギー・フィールドを「光が輝くエネルギー・フィールド(LEF)」とか「ライト・ボディ」と呼びます。
LEFは、健康な状態では虹の色を放つので、「虹の体」とも呼びます。

LEFは、単に神経系の電気的活動によって生じるものではなく、身体、脳、神経系などを作り、調和させ、維持する情報を提供するテンプレート的存在です。
ここには、私たちの生き方、年齢、治癒方法、そして死ぬ可能性などの情報が含まれています。

このテンプレートには、私たちの個人的および先祖の記憶、幼年期のトラウマ、及び、以前の生の傷のすべての「アーカイブ」が存在します。

LEFは、「因果的(スピリット)」、「サイキック(魂)」、「感情的(心)」、「身体的」の4層から構成されています。
物理的なトラウマの痕跡は最外層、感情的な痕跡は2番目、魂の痕跡は3番目、精神的な痕跡は4番目の最深層に保存されています。

LEFの存在する病気の痕跡は、「イルミネーション・プロセス」(詳細は後述)によって消します。
これによってLEFの情報をアップグレードし、新たな神経網の形成を促したり、免疫系を強化して急速に病気を直すことができるようになります。


<イルミネーション・プロセス>

ヴィロルドが行うエネルギー・ヒーリングの中心にあるのは、彼が「イルミネーション・プロセス(イルミネーション・ワーク)」と呼ぶ方法です。

「イルミネーション・プロセス」は、「重い」生命エネルギーを、光に変換するもので、これによって、否定的な感情や行動を変え、免疫システムを強化して身体の治癒を促進させます。

「イルミネーション・プロセス」には、3つの方法があります。

・チャクラの汚れを燃やす。
・身体的および感情的な病気の痕跡の有毒なエネルギーを燃やす
・痕跡を綺麗にする

最初のチャクラの浄化法は、次のように行います。

まず、ヒーラーがLEFで患者を包み込んだ後、患者の頭を両手で抱きしめ、後頭部の下部に手を当てます。

そして、障害のあるチャクラに手を当てて、反時計回りに3〜4回回転させます。
これによって、チャクラの重いエネルギーが燃焼して排出されます。

次に、頭上の8番目のチャクラに輝く太陽を視覚化し、右手で光を集めて、患者のチャクラに金色の光のシャワーを浴びせます。
そして、後頭部の下部に手を再び持って行き、数分間、保持します。

最後に、チャクラを時計回りに3〜4回回転させてバランスを調整し、ヒーラーのLEFを閉じて、頭上の光球に戻します。


<集合点の移動>

ヴィロルドは、カスタネダが言う知覚の「集合点の移動」という考え方を継承しています。

ですが、ヴィロルドのそれは、カスタネダのそれとは大きく異なり、むしろ、ゴールデン・ドーンやクリヤ・ヨガの行法に近いものです。
ヴィロルドの方法では、4つのチャクラの場所に「集合点」を移動して、それぞれの意識を感じるのです。

ヴィロルドによれば、「集合点」はチャクラを介して受信した超感覚情報を知覚します。
そして、普通の人間の「集合点」は、グレープフルーツほどの大きさで、頭上6〜8インチの8番目のチャクラ(ウィラコチャ=グレートスピリット)の位置にあると言います。

「集合点」の移動は、次のように行います。

まず、患者の「集合点」の位置を、手の感覚を使って、体を走査することで見つけます。
感覚的には、異常に熱かったり、冷たかったりします。

そして、「集合点」の位置を頭上の8番目のチャクラに持っていきます。
次に、「蛇」の領域である基底部のチャクラに移動、保持し、それを感じてから、また、8番目のチャクラに戻します。

同様に、次は、「ジャガー」の領域である2番目のチャクラに移動、保持して、戻します。

次に、「ハチドリ」の領域である眉間のチャクラに移動、保持して、戻します。

最後に、「イーグル」の領域である頭上のLEFの外にある9番目のチャクラに移動、保持し、戻します。
そして、自然全体とのつながりを体験します。


<聖なる空間を作る>

ヴィロルドは、「聖なる空間」の瞑想(魔術的な結界)を重視します。
治療を行う時にも、トランス的夢見の状態で異世界への旅に出る時にも、最初にこれを行います。

これは、東西南北の4方向と、母なる地球と、父なる空の、6つのスピリットを呼び出す方法です。
4つの方角の動物は、南が「蛇」、西が「ジャガー」、北が「ハチドリ」、東が「イーグル」です。

次に、頭上の8番目のチャクラに、小さな輝く太陽を視覚化し、手をそこに触れて、その光が体を包み込むように降ろします。

最後に「小さな死の呼吸」を行います。
これは、吸気、止気、呼気のそれぞれで7カウントしながら、7呼吸することで、心を落ち着かせる方法です。


<地下世界への旅>

ヴィロルドは、様々な目的で、地下世界の庭や部屋への旅を行い、ヒーリングのために利用します。
旅は、基本的には患者自身が夢見として行い、ヒーラーはそれをサポートします。

例えば、次のような旅です。

・パワー・アニマルを見つける旅
・原初のエデンへの旅
・4つの部屋への旅

それぞれの場所に行くには、地下世界の門番に行先を説明して案内してもらいます。
それぞれの場所では、観察し、感じたり、会話をして知識を得たりします。


ヴィロルドは、パワー・アニマルとは、しばしばその人の無視された部分や影の部分を象徴するもので、人を自然のままの状態につなげると言います。

その獲得方法は、地下世界の聖なる庭に行き、石の上に座って待っていると、パワー・アニマルが背後から近づいて来るのです。
パワー・アニマルとは、会話をして、連れて帰ります。


「原初のエデン(プライベート・エデン、聖なる庭)」は、偉大な母の命を与える子宮であり、癒しを与えてくれる場所です。
「エデン」は地下世界にあるとも、地下世界がそのまま「原初のエデン」であるとも考えられます。

「原初のエデン」に行ってそこを観察し、そこで安らぎ、そこの自然と会話をすることで、自分の失われた魂の部分、恵みや無邪気さを取り戻すことができます。


「4つの部屋」というのは、「傷の部屋」、「契約の部屋」、「恵みの部屋」、「宝物の部屋」の4つです。
これらは「エデン」の一部と考えられます。

「傷の部屋」は、最初に行くべき場所で、魂の一部が逃げてしまうような、深く埋もれた傷を発見する場所です。
どのような傷を受けているか、象徴的・演劇的に示されるかもしれません。

「契約の部屋」は、次に訪れるべき場所で、自分が作った魂の約束を発見する場所です。
その契約をした年齢の自分と出会い、その契約の説明を受けます。
それは、自分を苦しめるような約束なので、再交渉してこれを変更するのです。

「恵みの部屋」は、癒された魂の部分がある場所です。
ここには、完全な状態の自分がいますが、その自分は、年齢、性別が今の自分とは違った姿をしているかもしれません。
ここで、失われた魂の部分を取り戻した、調和の贈物を探します。

「宝の部屋」は、生活に役立つ贈物を獲得する場所です。
何らかの能力を伸ばしたい時に訪れます。
この部屋と贈物には、表面的なレベルのものから、深層的な(芸術的な)レベルのものまでがあります。


以上のように、様々な目的で様々な異界の場所へ夢見の旅に出るのは、ネオ・シャーマニストの中では、ハワイのフナのサージ・カヒリ・キングに似ています。


<過去と未来への旅>

ヴィロルドは、「過去」や「未来」への旅も行います。
これを過去や未来へ延びる「エネルギーの追跡」と呼びます。

未来への旅では、何らかの問題をかかえた患者が、癒された状態の自分、成功した自分を見ることで、癒しを得たり、あるいは前向きに創造的になります。

過去への旅では、病気や何からの問題の原因が発生した過去の体験に戻り、その原因を見つけます。
そして、それを受け止めることで、問題を解決するよう前向きになります。

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サージ・カヒリ・キング [ネオ・シャーマニズム]

サージ・カヒリ・キングは、アメリカ人でありながら、2代続いてハワイのシャーマンの家の養子となって、ハワイのシャーマニズムである「フナ」の訓練を受けた人物です。
また、心理学者でもあり、アフリカのヒーラーからも学びました。

アメリカ大陸のシャーマニズムとは異なって、「フナ」は変性意識に入るのに幻覚性植物も太鼓・ダンスも使いません。
また、何かと戦う「戦士」の道ではなく、調和を求める「冒険者(愛)」の道を歩みます。

サージが語るヒーリング手法は多面的で、心理療法の観点から見ても、深い知見に基づく巧みなものです。
そして、精神の肉体への影響を重視し、ヒーリング(治療)と精神解放を一体で考えます。

ですが、彼が説くヒーリングの教えの中で、どこまでが伝統的なもので、どこからが彼のオリジナル、あるいは、現代的な心理療法の影響によるものかは、分かりません。

*このページの記事は、姉妹サイトの記事を再編集したものです。

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<サージの歩み>

サージ・カヒリ・キングの父のハリー・ローランド・キングは、医学と工学の学位を持ち、ビジネスと政府関係の仕事に携わっていました。
ですが、同時に、カウアイ島に住むシャーマン(カフナ、クプア)のジョセフ・カヒリに養子に迎えられ、その訓練を受けていました。

サージは、父の赴任地が変わるごとに各地に移住しましたが、14才の時からカフナの訓練を受け始め、17才の時に同じシャーマンの孫として養子になりました。
また、サージは、コロラド大学ではアジア研究を行い、アリゾナ州の大学院で国際経営学の学士を終了し、カリフォルニア・ウェスタン大学で心理学の博士号を取得しました。

1964年からは、7年間、西アフリカの救済開発支援プログラムに参加し、セネガル共和国の大統領から章を与えられました。
ですが、この時期に、サージは、アフリカの何人かのヒーラーに学びました。

1971年、サージがアメリカに戻ると、カヒリ家の叔父のワナ・カヒリから本格的に訓練を受け始めました。
そして、1973年には、ハワイのカウアイ島に移住し、「フナ・インターナショナル」という組織を設立して、フナの知識を一般の人に向けて教え始めました。

サージは、1975年、カリフォルニアのロス・パドレス国立森林公園で、神秘体験をして、新しい時代の預言者、光の教師となるべく召命を受けたと感じました。

サージは、「フナ・インターナショナル」の他にも、「アロハ・インターナショナル」を主宰するなど、多くの組織、プログラムに関わって活動をしました。

サージには多数の著作があります。
最初の著作は、「癒しのイメージ・トレーニング」(1981)ですが、この書はフナについては書いておらず、フナに関する初めての書は、次の「ハワイアン・ヒーリング(原題:Kahuna Healing)」(1983)です。
その後、「Mastering Your Hidden Self」(1985)、「アーバン・シャーマン(原題:Urban Sharman)」(1990)、「フナ 今すぐ成功するハワイの実践プログラム(原題:Huna: Ancient Hawaiian Secrets for Modern Living)」(2008)、「Instant Healing」(2020)などを出版しています。


<フナとカフナ>

ハワイのシャーマニズムを「フナ」と呼びますが、この言葉は「秘密(の知識)」といった意味です。
ハワイのシャーマンを「カフナ」と呼びますが、この言葉は多義的で、「専門家」、「司祭」、「ヒーラー」などを意味します。
シャーマンそのものに関しては「クプア」という言葉もあります。

ワナ・カヒリが語るカフナの伝承によれば、「フナ」の知識はムーに由来し、代々、息子か養子へと継承されてきました。
「フナ」の哲学は、1700年にまとめられた創造の歌「クムリポ」に歌われています。

「カフナ」には3つの流派があります。
感情派の「ク」は、宗教、政治、戦闘の技術を持ち、感情の解放や、環境に対して直接的なコントロールをしようとします。
知性派の「ロノ」は、薬草や農業、航海術などの知識を持ち、環境の法則を理解することを重視します。

そして、カヒリ家の属する直観派の「カネ」は、霊的教えや魔術の技術を持ち、霊的統合や自分の完全なコントロールを目指します。
また、想像力のコントロールの訓練や、思考が肉体に与える影響を重視します。

サージは、「ハワイアン・ヒーリング」(1983)で、「カフナ」全体で25人、カネ派は6人しかいないと書いています。
また、「アーバン・シャーマン」(1990)では、「カフナ」の教師は5、6人で、皆、アメリカ本土で教えていると書いています。

「フナ」の研究の先駆者に、マックス・フリーダム・ロングがいます。
彼の時代には、「フナ」は法律で禁止されていたため、彼は「カフナ」に会うこともできませんでした。
そのため、ハワイ語の中に暗号化された「フナ」の知識を研究しました。
彼の主著は「奇跡の背後にある秘密の科学(邦題:原展ホ・オポノポノ 癒しの秘法)」(1948)です。

また、彼は、「フナ・リサーチ・インク」を設立しました。
ですが、彼の研究には多くの批判もなされています。

サージは、ロングはいくつかの間違いを犯したとしながらも、先駆者として評価しています。
また、「フナ・リサーチ・インク」にも所属しています。

また、「カフナ」として、「フナ」を最初に知らしめたのは、デーヴィッド・カオノヒオカラ・ブレイです
彼は、1960年にカリフォルニアに渡って、「フナ」を教え始めました。


ハワイのシャーマンの特徴は、「戦士」の道ではなく、「冒険者」の道だということです。
「戦士」が、恐れ、病気、不調和などを擬人化してそれと戦うのに対して、「冒険者」は、それらを擬人化せずに作用として扱い、愛と協力、調和をもって対処するのです。 
「戦い」の比喩は、ストレスを生むので、「フナ」では使用しないのです。

また、ハワイのシャーマンは、アメリカ大陸のシャーマンと違って、仮面、太鼓、ダンス、幻覚性植物を使わずに、つまり、瞑想や夢見に類した方法でトランス状態に入ります。

そして、精神の肉体への影響を重視し、そのヒーリング手法は多面的で、精神の解放と一体的に考えます。


<7つの原則、4層の現実>

サージは、次のような「フナ」の七つの原則的な考え方と、それに対応する行動原理をあげています。

・あなたの考えが世界を作っている(すべては夢であり任意である)
 →自分が現実を作る(イケ)

・限界は存在しない
 →自分に限界を作らず自由になる(カラ)

・エネルギーは意識を向けたところに流れる
 →目標へ集中し成功への意欲を高める(マキア)

・力は今この瞬間に存在している
 →今に集中し、すぐここで始める(マナワ)

・愛することは幸せになること(自他への批判がないと愛が生まれる)
 →幸せになることを楽しみ感謝する(アロハ)

・すべての力は内面から現れる
 →内なる力を信頼する(マナ)

・効果の有無が真実の尺度である(いつも別な方法がある)
 →積極的な姿勢で最高を期待する(ポノ)

つまり、「フナ」では、否定的・限定的な信念を肯定的・調和的な考えに変えることを重視します。
そして、その肯定的な考えを信頼して、目標に集中し、それを実現させようとします。
また、自他を批判せずに許し、祝福し、他人が夢見ることを助けます。


一般に、シャーマニズムは2つのリアリティを区別することが基本とされますが、「フナ」は、現実を次の4つのレベルで見ます。

・霊的世界 :すべては全体的・一体的(神秘的な現実)
・意識的世界:すべては象徴的(シャーマニックな現実)
・主観的世界:すべては主観的(心理的現実)
・物質世界 :すべてが客観的(科学的現実)

「フナ」では、思考内容が物質世界に反映・凝縮されると考えます。
また、すべてのものは、たとえそれが物質であっても、ハイヤーセフルを持っていて、変性意識状態で意識的にコミュニケーションできると考えます。


<人間の3つの意識の統合>

人間は、次のような要素から構成されています。
それぞれは神の名前でもあります。

まず、3つの意識の構成要素があります。

・カネ(アウマクア):ハイヤーセルフ、調和をもたらす
・ロノ:顕在意識、知性、信念、判断を司る
・ク :潜在意識、本能と習慣を司り、ロノがプログラムした命令に従う

そして、身体的要素があります。

・アカ:エーテル体
・キノ:肉体、カネの思考が形として凝縮されたもの

「フナ」のヒーリングは人間の全体を対象とします。
肉体に対する手法は、薬、食事など、エネルギー的手法は、マッサージ、フラ・ダンス(=動的ヨガ)などです。
そして、精神的手法は、思考や習慣を自覚して置き換えることです。

フナでは、病気は、思考や感情のエネルギー間の争いによる緊張から生まれると考えます。
そのため、ヒーリングは、「ロノ」の「信念」や「習慣」を自覚して書き換えることが中心的課題となります。
「信念」というのは、前提・態度・意見の複合体で、その反応が感情です。
その時、潜在意識(ク)を参加させて、行動、感情を伴ったものにすることが必要です。


「ロノ」の信念や記憶は、体(キノ)に組み込まれます。
例えば、感情的なストレスが肉体の症状となるように。
そのため、逆に、意識的に筋肉をリラックスさせると、習慣的な反応を止めることで、感情を解放することができます。

ヒーリングは、最終的には「カネ」との一体化の結果であるとされます。

そして、全要素を統合した完全な人間は「カナロア」と呼ばれます。
これは癒しの神の名前です。

統合への道を「ハイプレ」と呼びます。
「ハイプレ」のための基本的な意識の持ち方は、先に書いた7つの原則です。

全体的な統合を行うためには、まず、「ロノ」と「ク」を統合します。
すると、自然に「カネ」も統合されます。


また、上記の3つの意識の構成要素とは別の観点で、4つの意識レベルが存在します。
これは先に述べた4つの現実と、ほぼ対応します。

・パパカウナ(神秘的):宇宙と一体化する
・パパコル(相対的) :すべてが相互作用している
・パパルア(心的)  :メンタルな方法で外界に働きかける
・パパカヒ(物質的) :日常生活


<異界への旅>

トランス状態での異界への旅はシャーマンの特徴です。
これらは、広義の「夢見」であり、「ヴィジョン・クエスト」と表現されることもあります。

「フナ」における世界観は、他のシャーマニズムと同様に、天上世界、中間界、地下世界の3世界からなります。

天上世界の「ラニケハ」は、英雄、「パワー・アニマル」、守護霊・先祖である「アウマクア」や、様々なスピリットである「アクア」がいる、助言やインスピレーションを得る場所です。

マイケル・ハーナーのネオ・シャーマニズムでは、「パワー・アニマル」は地下世界にいるのですが、「フナ」では天上世界にいます。
「パワー・アニマル」は「アクア」の一種です。

「パワー・アニマル」は複数持つことができて、例えば、7つの原則的な考えに対応する7つの「パワー・アニマル」を持ったりします。
「パワー・アニマル」と出会うと、その姿になり、「ティキの庭園(詳細は後述)」に来てもらったり、贈り物をもらったりして庭園に持ち帰ります。

「アウマクア」と出会うためには、例えば、自分の内側に本質を感じ、今の周りの環境を褒め、エネルギーを感じて、光に囲まれるのを感じます。
そして、道を進んで行くと、賢者の姿などをした「アウマクア」と出会います。
「アウマクア」にも、庭園に来てもらうことができます。


中間界の「カヒキ」は、通常の夢の場所であり、また、「ティキの庭園」や「パリ・ウリ」がある場所です。

「ティキの庭園」は個々人を反映する特別な場所であり、他の場所へ行くための出発地です。
「天上世界」へは、飛ばずに、樹を登って空の穴を抜けるなどして行くと、その道を逆に辿って戻れます。
一方、「地下世界」へは、洞窟や穴を降りていきます。

「パリ・ウリ(バリ・ハイ)」は、不思議の場所であり、先輩シャーマンがいて、様々なことを教えてくれます。
ここは新しいあり方を発見する世界があり、そこには火山の島で、ボートに乗って行きます。


地下世界の「ミル」は、悪夢と試練の場であり、「力」を象徴する物(宝物やパワー・オブジェクトなど)として取り戻す場所です。
邪魔をする怪物などもいますが、これらは思考の枠の象徴です。

地下世界に行く時は、「パワー・アニマル」に同行してもらいます。
フナの「冒険者」の道では、「ミル」で牙を向いた邪魔者に出会っても、それと戦ったり、避けたりしません。
それに微笑み返し、友好関係を結びます。
もし、襲われても、喰われたらその怪物の腹を通って変容し、尻から出て、先に進みます。

患者の治療ために「パワー・オブジェクト」を探しに行く場合は、そのエッセンスを現実世界まで持ち帰って患者に注入し、また、それを象徴する現実の物を渡します。


<ティキの庭園>

先に書いたように、中間世界にある「ティキの庭園」は、個々人を反映する場所であり、他の場所へ行くための出発地です。

この庭園は、自分の心身の隠れた状態が現れる場所であり、同時に、そこを手入れすることで治療することができる場所です。
それは、「力」の場所であり、「智恵」の場所です。

最初に、自分の無意識にこの庭園を作ること、そして、そこに何らかの心の問題などを象徴的に表現してくれるように依頼します。
そして、毎日、そこを訪れて、観察し、手入れします。

問題があると感じた部分を手入れすると、自然に問題は解決されます。
それが何を表現しているのかを、解釈することは必要ありません。

この庭には、「ヘルパー」がいるので、彼に助言から得ることもできます。
また、そこに何らかのスピリット(アウマクア、パワー・アニマルなど)を呼び、力をもらったり、会話をしたりして智恵を得ることもできます。

患者のヒーリングのための夢見を行う場合は、患者の庭園に入って、そこから天上世界や地下世界に行き、庭園に力をもたらします。

カスタネダの「夢見の中でやって来る場所」は、現実にも存在する場所として設定されますが、その特徴は「ティキの庭園」に似ています。


<様々な夢見の技法>

「フナ」では、異界への旅としての「夢見」以外にも、様々な目的で「夢見」を行います。

一つは、一般的な意味での「夢見」、つまり、明晰夢です。
これは、夢の中の行動を変えることです。

「冒険者(愛)の道」である「フナ」では、例えば、いつも怪物から逃げる夢を見ていたとすると、逃げずに、その怪物に、なぜ落いかけるのか聞いてみるのです。
すると、その怪物は、追いかけているのではなく、着いて行っているのだ、あなたはどうして逃げるのか、と答えるかもしれません。

もう一つの方法は、過去の経験の書き換えです。
トラウマのようになっている記憶があれば、それを受け入れたり、解釈し直したりするのではなく、肯定的な方向体験そのものを書き換えます。
「フナ」によれば、記憶は、事実ではなく、単に、夢と同じものなのです。

「夢見」と似て非なる方法で、「夢見」の延長で、自然などを操作する呪術的方法があって、これは「グロッキング」と呼ばれます。

例えば、雨雲になりきって、雨雲が雨を降らせる夢を見て、実際に、雨を降らせます。
あるいは、自分の足を怪我したとすれば、その部分自身が治るような夢を見て、直します。
他人のヒーリングの場合も、その人自身になりきって、治る夢を見たり、実際に、自分を治療します。


<ナル(融合)の瞑想>

「フナ」では、様々な「ナル(融合)」の瞑想を行います。

「ナル」という言葉は、「平和な融合」、「協力的な関係」といったことを意味します。
「ナル」の瞑想は、判断せずに、ただ、対象に静かに気づいている状態を維持する方法です。
ヴィパッサナーや禅の瞑想に似ています。

気づきの対象に対して中立的ないしは肯定的(おだやかで心地よい期待感)でいれば、対象にエネルギーが流れて、対象が活性化され、肯定的な変化をすると考えます。
この点では、ゾクチェンの瞑想思想に近い考え方でしょう。

また、「ナル」を行えば、対象とつながり、無意識はそれを真似て学習します。

「ナル」の方法や対象は様々です。
「ナル」は一つの瞑想法というより、瞑想の種類といった方が良いのかもしれません。

「見るナル」は、「美しいもの」、「美しいと思っていないもの」、「慣れ親しんだ環境」、「自然」などを対象とします。
「美しいもの」を対象にすると、心も調和を持ち、美しくなります。
他の場合も、今まで気づいていなかったものに気づき、何かを直観的に学ぶことができます。

また、目を動かさずに視界の端を見たり、視野の全体を意識したりします。
すると、習慣の外に出ることになるので、普段の思考のくせを理解することができるようになります。

「聴くナル」も、「見るナル」と基本的には同じですが、音、音楽、暗示的言葉などを聞いて意識します。

「触覚的なナル」は、何か行動をしている時に、その体の動き、その感覚を意識します。
また、ダンスを行ってそれを意識したり、呼吸を意識したりします。
これらによって、体や感覚への感謝や喜びを感じることができるようになります。

「全感覚的なナル」は、例えば、歩きながら、今感じているすべての感覚を意識します。
これらによって、やはり感覚への感謝や、環境とのつながりを感じるようになります。

「考えるナル」もあります。
これは、何か抱えている問題があれば、それについて判断せずに、集中します。
すると、抱えていた問題が変わってしまうことがあります。
別の観点が現れて、問題を見る角度が変わったり、以前自分が立っていた枠組の外に出ることで、問題が問題でなくなってしまったり、ということが起こります。

このように、「ナル」は一種の気づきの瞑想ですが、ヴィパッサナー瞑想のように対象への執着をなくすという方向ではなく、対象を豊かにし、感謝し、学ぶという方向性で瞑想します。


<自他の許しの瞑想>

「フナ」では、自他を「許す」ことが重視されます。
批判は「愛」に反する否定的行為であり、自他を批判することはストレスになります。
逆に、「許す」ことは、エネルギーを解放することになります。

ハワイには、集団の問題を解決するための、「許し」を含む伝統的な儀式「ホオポノポノ」がありました。
1976年に、これをもとにして、「フナ・リサーチ・インク」のモルナー・シメオナが、個人向けの「許し」の儀式「セルフ・アイデンティティ・ホオポノポノ」を開発しました。
さらにそれを、イハレアカラ・ヒューレンが簡略化して、広げました。

サージが語るカヒリ家流の「許し」の儀式は、それらと区別するために、「クポノ」と呼ぶこともあります。

その方法は、まず、最初に「アウマクア」に、自分達の間違いを許すのを感謝します。
そして、問題を語り、それに関する告白をします。
次に、他人を許すこと、問題が消滅したことを宣言します。
そして、抑圧されてきた感情を聖なる光に変えます。
最後に、「アウマクア」に感謝します。

呼吸法とともに行う許しの方法に「ホオポノポノ・イキ」があります。
まず、深くゆっくり呼吸をして、身体を出来るだけリラックスさせます。
次に、息を吸いながら心の中で自分の名前か、「私のアウマクア」と言います。
そして、息を吐きながら「私は自分の怒りを解き放す」、「私は○○を許す」と言います。
この呼吸と宣言を少なくとも三回ずつ、自分自身をより良く感じるまで繰り返します。

また、なかなか許し難い他人を許すための瞑想法があります。
これは、相手に何かをあげることをイメージします。
最初は、無理のない範囲でちょっとしたものを贈りますが、徐々に贈物を大きくしていきます。

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ドン・ミゲル・ルイス [ネオ・シャーマニズム]

ドン・ミゲル・ルイスは、カルロス・カスタネダ同様に、トルテックのシャーマニズムを継承していると主張している、ネオ・シャーマニズムの旗手の一人です。

ルイスの思想は、カスタネダの思想同様に、病気治療より精神の解放を目指すものであり、また、日常的世界観を幻と見るような、幻影型・非実在論的なシャーマニズム(私の表現では「高等シャーマニズム」)です。

ですが、ルイスはカスタネダと違ってシャーマンの家系に生まれ、その著作で理路整然とした思想に基づいた実践を説いています。

とは言っても、彼の思想がどこまで伝統的で、どこからが現代的な影響のもとにあるもの、彼オリジナルなものであるのか、分かりません。

*このページの記事は、姉妹サイトの記事をそのまま掲載したものです。

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<ルイスの歩み>

ドン・ミゲル・ルイスことミゲル・エンジェル・ルイス・マシアスは、1952年、メキシコの片田舎に生まれました。
祖父ドン・レオナルドはナワール(シャーマン)で、母マドレ・サリータはキュランデラ(ヒーラー)でした。

彼は医学部を卒業し、脳神経外科医になりました。
この間、ドン・エステバンという謎の呪術師からも学びました。

ですが、致命的な自動車事故にあって人生観が変わり、1980年から母の力を借りて先祖の教えを学ぶようになりました。
また、本人によれば、変性意識の中で世界の諸宗教を学んだそうです。

そして、1988年にテオティワカンでヴィジョンを得て、トルテックの伝統的な恐怖を解き放つプロセスを発見したそうです。
彼によれば、テオティワカンは、目覚めのために設計されたセンターでした。
テオティワカンの死者の通りは、恐怖を手放し、死への準備のプロセスを表現していて、死の川を渡ることから始まり、最後に、太陽のピラミッドで、自分の意図と太陽の意図を合一させるのです。

1997年に、アーティストのネルソン・メアリー・キャロルがルイスの教えを編集してまとめた「恐怖を越えて」、続いて、ルイスの最初の著作「四つの約束」が出版されました。
後者は、短くて分かりやすかったこともあって、アメリカの600万部のベストセラーとなり、一躍、有名人となりました。

その後、ルイスは、「愛の選択」(1999)、「四つの約束コンパニオンブック」(2000)、「火の環」(2001)を矢継早に出版。

ですが、ルイスは、2002年に致命的な心臓発作を起こしました。
そして、自分の血統を息子のドン・ホセ・ルイスに引き渡しました。

ルイスは、その後も、「パラダイス・リゲイン」(2004)、「五つの約束」(2010、息子のホセ、ジャネット・ミルズとの共著)などの著作を出版しました。

そして、2010年、ルイスはロサンゼルスの病院で心臓移植を受け、現在はネバダ州に住んでいます。

もう一人の息子のドン・ミゲル・ルイス・ジュニアも、父を継承して活動しています。


<トルテック>

ルイスは、「トルテック」という言葉は、国家や種族を示す言葉ではなく、「知識を持つ者」という意味だと言います。
そして、その師のことを「ナワール」と呼ぶのだと。

「トルテック」はかつてテオティワカンにいて、その後、様々な流派が継承されていて、ルイス自身は、「イーグル・ナイト派」に属しているのだと言います。

かつて、第5太陽期という時代に、トルテックを率いたスモーキー・ミラーが、テオティワカンの太陽のピラミッドの地下にある洞窟に入り、自分達は皆、夢を見ているのだという教えを説きました。
その後、テオティワカンは北方からの侵入を受け、トルテックはトゥーラ(トルテカ)に逃亡しました。
トルテックの高僧は、ケツァルコアトル(ナワールの象徴)とスモーキー・ミラー(トナールの象徴)の二人から構成されました。

ルイスは、1992年に太陽光線の変化に気づき、第6太陽期が始まったと考えました。


ルイスは、あるがままの自分を受け入れる「愛」の思想をベースにして、精神の解放を目指すことを説きます。

ルイスの使う概念は、少し意味は違いますが、その多くがカスタネダと共通しています。
その中のどれが共通するトルテックの伝統に基づくものであり、どれがカスタネダからの影響なのか、分かりません。
カスタネダの影響があるとしたら、ルイスはそれを自分流に解釈しています。

ですが、ルイスは、カスタネダと違って、霊視やテレポート、エネルギー・フィールドや「集合点」の移動、明晰夢としての「夢見」の技法については、ほとんど説きません。


<宇宙論・人間論>

まず、「四つの約束」、「恐怖を越えて」を中心にして、ルイスの宇宙論、人間論を簡単にまとめます。

宇宙の存在はすべて、神の顕現であり、「光」で作られている一つの生命であり、「光」は生命の使者です。

星は「トナール」と呼ばれ、星間の光は「ナワール」と呼ばれます。
両者の空間を作っているのが「生命」であり、これは「力」であり、「意図」とも呼ばれます。
「生命」は「トナール」と「ナワール」の組み合わせで出来ています。

人間は太陽の子であり、太陽は人類に進化上の変化を引き起こすためのメッセージを送る存在です。

人間の知覚は、「光」を感受している「光」です。
ですが、物質は「光」を反射する「鏡」であり、「光」によってイメージ、幻影が作り出されます。
「夢」は「鏡」を覆う「煙」や「霧」の壁のような存在です。
人間は誰もが「夢」を見ていて、そのことに気づいていません。
人間は「煙に覆われた鏡」なのです。

人間は、他の人間から与えられた「夢」に「合意」してそれを受け入れます。
こうして「信念システム」が生まれ、人間は「飼い馴らし」の状態になります。

「信念システム」は、人間の心を支配する「法の書(地獄の書)」です。
人間の心の中には、これによって自分を裁く「裁判官」がいます。
そして、その有罪判決を受け取り、罪、恥、責めの意識、恐怖の感情を持つ「犠牲者」がいます。
「犠牲者」は「人身御供」であるとも言えます。

これら3つが「パラサイト(寄生虫)」を構成しています。
「パラサイト」は、エーテル・エネルギーである恐怖・怒り・悲しみなどの感情を食料としていて、「恐怖の夢」、「地獄の夢」を作り出します。
その混乱した夢は、「ミトーテ」とも呼びます。

この状態から解放されるには、「合意」に抗する新しい「約束」をすることが必要です。
これによって、「恐怖の夢」を、新しい「愛の夢」に作り変えることができます。

「約束」を実行する人間を「戦士」、「狩人」と呼びます。
「戦士=狩人」は、「愛」に基づく新しい「合意」によって、「パラサイト」という獲物を追跡して、それと戦う存在です。

「パラサイト」は「盟友」とも呼ばれますが、彼らに勝つことができると、彼らは本当の「盟友」になります。


<五つの約束>

ルイスは、「四つの約束」で精神の解放のための4つの原則(約束)を示し、後の「五つの約束」では、一つ増やしました。

1 正しく言葉を使う
2 何ごとも個人的に受け取らない 
3 思い込みをしない
4 つねに全力を尽くす
5 疑い深くある、しかし、耳を傾ける

1は、言葉は創造を行う魔術的な存在なので、自分を裁く方向ではなく、あるがままに肯定し、それを愛する方向で言葉を使うという約束です。
自分を呪う言葉を使わないことによって「黒魔術師」から「白魔術師」になれます。

2は、他人が自分を批判しても、それは彼らの問題(合意)であって、自分には関係ないと思う約束です。
批判は自分の心の中から来る言葉であっても同じです。
それは、実際には外部(パラサイト)から来る声なのです。

これを守ることによって、誰にも傷つけられずに、また、誰にも愛していると言うことができます。

3は、特に他人の気持ちに関して、思い込みをしないという約束です。
コミュニケーションを取って確認することで、思い込みをなくすことが重要です。

4は、約束を常に実行することであって、それによって、今、ここを生きることです。

5は、言葉の背後の真実を見て、自分自身も含めて何も信じなという約束です。

言葉を越えた知識は、信じる必要がないもので、「沈黙の知識」と呼ばれます。
それはあるがままの真実を「観る」ことであり、自分自身を「観る」ことです。


<3つの技術・ステップ>

「戦士」となり「約束」を実行するためには、3つの技術、ステップが必要です。

1 気づき :思い出し、自覚する
2 変容  :夢を変える技術、アクション・リアクションを変える
3 愛・意図:死を受け入れて、あるがままを肯定する

カスタネダとの比較で言えば、これらはカスタネダの言う「忍び寄り(ストーキング)」、「夢見」、「意図」の3組に対応させることができます。


1の「気づき」の技術は、古い「合意」が自分の中で働く度に、それによって恐怖が起こる度に、それに気づくことです。
この気づきを「第二の注意」と呼びます。

そのためには、自分の中の「アクション-リアクション」に気づく必要があります。
例えば、古い合意に基づいて自分を裁くことが「アクション」です。
それに基づいて、自分自身を罪人と見做すことが「リアクション」です。

また、この「気づき」には、各自が内部に持っている、言葉以前の「沈黙の知識」への気づきという意味もあります。


2の「変容」の技術は、「パラサイト」が喜ぶような、恐怖の感情を止めることです。

そして、新しい約束に基づいて、あるがままの自分を取り戻し、「恐怖の夢」を新しい「愛の夢」に作り変えることです。


3の「意図(愛)」の技術は、象徴的な死によって「パラサイト」を殺すことです。
これは、「死のイニシエーション」とも呼ばれ、「死の天使」に直面して降伏し、無執着の状態になることです。

「意図」というのは、宇宙(神)の「生命」、「力」のことであり、「愛」でもあります。
「意図」の技術は、神と一つになり、どの行為の中にも神が存在するようになることを目指します。

「意図」の技術は「愛」の技術です。
ルイスは、「愛の選択」で、「愛」の性質について、義務がない、期待がない、尊敬に基づく、同情しない、責任を持つ、常に優しい、無条件である、と書いています。

「身体的養生法」と表現される身体に関する瞑想的方法も、「愛」の技術でしょう。
この方法の中心は、生きている喜びを感じ、自分の肉体に対して感謝し、献身の愛を捧げます。

また、体の各部分に溜まった感情を解放し、それによって、チャクラを流れるエネルギーを調和させます。

そして、「火の呼吸法」と呼ばれる呼吸法では、吸気と共に、空気が太陽→松果腺→脊髄基底部→地球と降りてくると観想します。
そして、これに地球が答えて、呼気と共に、地球→脊髄基底部→松果腺→太陽と戻っていくと観想します。

他人に関しては、たとえ自分を傷つけた者でも「許す」ことが重要です。
「許す」ことは、自分の心を癒やすことにもなります。


<変容のための2つの方法>

夢を変容させるための方法が2つあります。
ルイスは、それぞれの方法を、上記の特定のステップに関連させて語ることがありますが、実際にはそれぞれの方法を完全に行えば、そこに3つのステップがあるハズです。

1 棚卸し(要約):夢見の技術、イーグルの技術、過去に関わる
2 ストーキング :生きる技術、ジャガーの技術、現在に関わる


1の「棚卸し」は、過去の記憶を思い出して、再体験する方法です。
この点では、「気づき」の技術ですが、それだけではなく、体験を捉え直して変容させることが必要です。

「棚卸し」では、自分のすべての「合意」、「信念」を調べることになります。
この作業は、比喩的に「砂漠に行って悪魔と対面する」とも表現されます。

ルイスの「棚卸し」は、カスタネダが言う「反復」に対応する方法です。
カスタネダの方法と同じように 知人一人ごとにリストアップして思い出します。

また、カスタネダ同様に、呼吸法を使います。
「愛」を思い浮かべて呼吸をしながら、記憶を捉え直し、心の傷を清めます。
こうして、未処理になっていた感情のひっかかりを、見直して解放するのです。

「棚卸し」に慣れると、これを自動的に行えるようになり、さらには、夢の中でも行えるようになります。


2の「ストーキング」は、常に自分の思考、行動、反応に対して自覚し、それらを変えていくという、現在に関わる方法です。

これには2段階があって、まず、個人の夢を対象にし、次に、社会や人間全体の夢(惑星の夢)を対象にします。

「ストーキング」は、カスタネダの文脈では「忍び寄り」と訳されているものです。
カスタネダはこの言葉を多義的に使っていますが、ルイスは、一つの意味に明確化し、彼の思想の中に位置づけています。


<3つの注意の夢>

ルイスの方法は、夢を変容させていきますが、夢を3つの段階で区別します。

・第一の注意の夢:犠牲者の夢(地獄の夢)
・第二の注意の夢:戦士の夢(戦いの夢)
・第三の注意の夢:達人の夢(天国の夢)

「第一の注意の夢」は、普通の人間が昼夜に見ている夢(世界認識)であり、自分が夢見ていることに気づかずに見る夢です。

「第二の注意の夢」は、自分の夢を自覚して、それを変える戦いの夢、変えた新たな夢です。

「第三の注意の夢」は、戦い終えて、あるがままの自分を受け入れた夢です。
これは「愛と喜びの夢」であり、神・意図・宇宙に従った夢です。
これによって、自分が宇宙と一体であることに気づきます。


<心臓の炎の瞑想>

ルイスによれば、「ナワール(シャーマンの師)」は、意志の内部に、太陽の複製を発達させる人間です。
その太陽は「黒い太陽」と呼ばれます。

また、「四つの約束」の最後に、「愛の祈り」という瞑想のヴィジョンが掲載されていて、その中に以下のような部分があります。

それによれば、頭から美しい光を放つ一人の老人が、胸を開いて「心臓」から美しい「炎」を取り出して、私の「心臓」に入れました。
その「炎」は彼の「愛」だったので、私は「愛」を感じました。
その「炎」は燃え上がり、「愛」は成長して、私はすべてを愛し、愛されると感じるようになりました。

マヤ=トルテカ系には、第二の「神化された心臓」を作るという世界観があります。
また、主神のケツァルコアトルは、自分の心臓を燃やして金星になりました。
上記の祈りの瞑想ヴィジョンには、こういった伝統が取り込まれているようです。

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カルロス・カスタネダ [ネオ・シャーマニズム]


カルロス・カスタネダ(1925-1998)は、1968年出版の第1作「ドン・ファンの教え(邦題:呪術師と私―ドン・ファンの教え)」から、1999年の第11作「無限の活動面(邦題:無限の本質-呪術師との訣別)」までの全11作のドン・ファン・シリーズ(以下「シリーズ」)で、ドン・ファンに弟子入りして継承した教えを、ストーリー形式で伝えました。

ドン・ファンは、ファン・マトゥスという名(本名ではない)のヤキ・インディアンで、メキシコのソノラ州に住み、トルテカの伝統的なシャーマンの教え「トルテック」を受け継ぐとされる人物です。

カスタネダの体験は驚くべきものであり、ドン・ファンの教えは深い思想を感じさせるものでした。
また、カスタネダは、この研究で人類学の博士号を取得しました。

ですが、多くの人がカスタネダの著作をフィクションであると批判したり、そう受け止めています。
カスタネダの著作が、フィクションであるという明白な証拠も、逆に、ノンフィクションであるという明白な証拠も、出されていませんが、おそらく、ほとんどがフィクションでしょう。

しかし、フィクションだったとしても、シリーズはシャーマニズムの思想の可能性を広げるものでした。
それゆえに、ヒッピーの聖典にもなり、現在に至るまで、世界的に大きな影響を与えています。

そして、人類学を学ぶ者がフィールドワークで、単に話を聞くだけでなくシャーマンなどに弟子入りして修行を体験するという流れを作り、あるいは、心理療法家や、人生の道を求める者らが、シャーマンに教えを乞うという流れを作りました。

また、1993年頃から、ドン・ファンの弟子とされるカスタネダの仲間が、その教えの一部を実際にワークショップを通して教えています。
ですから、カスタネダの著作は、単に研究や小説という領域を超えて、実践的な宗教のようになりました。

シリーズの物語の中で、ドン・ファンとその弟子の数名のシャーマン達は、1973年に我々の物質世界ではない別の世界に旅立ちました。
これは、代々のドン・ファンの系列のシャーマン達が、「イーグルの神話」をモデルにして、それを体現したものです。

カスタネダは1998年に亡くなりましたが、その後5人の仲間が失踪して、彼らもこれを体現したような形になりました。

そして、ドン・ファンの系列のシャーマンの継承は、カスタネダが最後になって終わりました。
ですが、カスタネダはその替わりに書物を残したのです。

マイケル・ハーナーが指摘したように、カスタネダがドン・ファンから継承したとする教えは、一般のシャーマニズムとは違って、ヒーリングにほとんど興味を持ちません。

ドン・ファンは、自身の道を「戦士」の道、「知ある者」の道と表現し、「呪術師(ブルホ、ディアブレロ)」の道と対比しています。
「戦士」の道は、「未知」と戦いその領域を旅するという意味です。
「知ある者」の道の目的は、意識の「全体性」を獲得して、最終的に「無限(の活動的な面)」に融合することです。

以下、カスタネダの思想について紹介しますが、これは姉妹サイトの記事、「カスタネダのドン・ファン・シリーズの思想」を再編集したものです。

また、カスタネダのプロフィルや、ドン・ファン・シリーズのストーリー展開、フィクション説などについては、「カルロス・カスタネダとドン・ファン・シリーズ」をお読みください。

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<宇宙論、人間論>

最初に、カスタネダの宇宙論、人間論を紹介します。

宇宙には「光の繊維」のような「エネルギー・フィールド」があって、「イーグルの放射物」と呼ばれます。
「イーグル」は一種の神であって、意識を持った「力」であり、「無限」と呼ばれる存在です。
「光の繊維」も、意識を持った生きた存在で、振動しています。

放射物には「有機的存在」と「非有機的存在(肉体を持たない存在)」があります。
有機的な生物は、「イーグルの放射物」の一部を包み込んだ「光る球(繭、卵)」のような「エネルギー・フィールド」を持っています。
意識は、この「光る球」の中の輝きです。

「イーグル」は、生物が死んだ時に、その意識(人生体験)を吸い取ります。
つまり、宇宙(イーグル)は我々を使って自己認識するのです。
ですが、「反復(総括)」という方法によって、人生体験の記憶を再体験して複製を作り、それを食べさせることで、死を越えて意識を保ち続けることができます。

人間の「光る球」の表面には、知覚を司る「集合点」があって、これを移動させると、それに応じて、異なる意識の状態、体になり、異なる世界を知覚します。
このように、人間は本来、ミクロコスモスであって、様々な意識状態を持っています。

ですが、人間は、宇宙を旅していて地球に立ち寄った時に、「捕食者」と呼ばれる「非有機的存在」に捕まりました。
そして、「集合点」を固定され、人間の意識は、地球上の日常的な意識状態(トナール)に限定されてしまったのです。
ですが、「内的沈黙」などによって「捕食者」を追い払うことができます。

人間は、「夢見」の技術などによって、「集合点」を移動させ様々な世界を旅して、意識の全体性を獲得すると、「光る球」の内部にあるすべての「イーグルの放射物」が燃えて「内からの炎」となって、「無限」の活動的な面へ融解します。


ちなみに、第6作「イーグルの贈物」で、カスタネダは、ドン・ファン達が別の世界に旅立つ時に、空に光の線を見て、トルテカの祖神でもあるケツァルコアトルを連想しました。
ケツァルコアトルは自らを火葬して、あるいは、心臓を燃やして、天の昇る鳥蛇の神であり、金星神、神官王です。
ですが、シリーズの物語の他の部分には、ケツァルコアトルなどの神話との類似性はさほどありません。


<盟友、観ること>

シリーズの第一作「ドン・ファンの教え」、第二作「分離したリアリティ」で、カスタネダは、メスカリト(ペヨーテ)、デヴィルズ・ウィード(ダツラ)、「小さな煙」(マジック・マッシュルーム)という3つの「力の草(幻覚性植物)」を体験しました。
そして、それぞれのスピリットと出会い、関係を築いて、受け入れられました。

メスカリトは、正しい生き方を教える保護者的存在とされるので、その性質は一般に「守護霊(ガーディアン・スピリット)」、「指導霊(ティーチング・スピリット)」と呼ばれるものに近い存在です。

デヴィルズ・ウィードと「小さな煙」は、力と助言、変身・飛翔能力を与えてくれる存在で、ドン・ファンは「盟友(アライ)」と呼んでいますが、これは一般に「パワー・アニマル」や「援助霊(スピリット・ヘルパー)」と呼ばれるものに近い存在でしょう。

ドン・ファンは、デヴィルズ・ウィードは呪術的な力を与えてくれて、強力だけれど、危険で人間を歪めてしまうと言います。
ですが、「小さな煙」は、「本当の盟友」であり、「観る者」のための存在であると言います。

幻覚性植物をこのようなスピリットと見做すことが、このシリーズの特徴です。
ちなみに、マイケル・ハーナーも、複数の部族の幻覚性植物を扱うシャーマンから学んでいますが、彼は幻覚性植物をスピリットとして扱いません。

ただ、後のシリーズで明らかになりますが、「盟友」というのは、「力の植物」だけに限定されず、非日常的リアリティ(後述する「ナワール」)の一部であって、何らかの力や知識をもたらす存在です。

また、シリーズ後半では、「盟友」は「非有機的存在」の一種であって、実際には、援助者でも人格的存在でもなく、利己的な力だとされます。


ドン・ファンは、「観る(see)」という言葉を特別な意味で使います。
これは単に「見る(look)」のとは違って、「盟友」や人間の霊体などの非日常的リアリティを霊視することです。
場合によっては、日常的リアリティと非日常的リアリティの両方をその外から理解することとしても使われます。

最初は、「観る」ことは「力の草」の力を借りて行われますが、シリーズが進む中で、その力なしに「観る」ことが求められるようになります。


<しないこと、内的沈黙>

カスタネダは、「力の草」の摂取を通して、非日常的リアリティの体験をするようになりましたが、その体験を個人的な空想と見て、日常的リアリティを疑わない世界観をなかなか手放すことができませんでした。

カスタネダは、第一作の「ドン・ファンの教え」の謝辞に、メイガンと共に、ハロルド・ガーフィンケルの名前をあげています。
ちなみに、最後の第11作にも二人の名前をあげています。

社会学者のハロルド・ガーフィンケルは、1967年に「エスノメソドロジーの研究」という書を出版し、現実は相互主観的に形成されるという説を提唱しました。
ガーフィンケルは、UCLAで講義を行っていて、学生に、日常生活の会話の中で、当たり前とされる常識を疑問視するような実験をさせました。
彼は、この作業を「破れ目を作る」と表現しました。

「エスノメソドロジーの研究」が出版されたのは、物語ではドン・ファンによる修行がかなり進んでいた時期に当たりますが、第一作の「ドン・ファンの教え」が出版される前年に当たります。

ドン・ファンは、シリーズの最初から、カスタネダとの会話で、「破れ目を作る」ような話し方をしています。

第8作「内からの炎」では、ドン・ファンは、周りの人間との対話が内在化された「内側のお喋り」によって「集合点」、つまり、特定の意識の状態が固定されると語ります。
これは、ガーフィンケルの思想とほとんど同じです。

第3作「イクストランへの旅」以降、「しないこと」と総称される方法が、非日常的リアリティ(ナワールの世界)に入るための方法として、重要なテーマとなります。
「しないこと」は、日常的世界観を構成する言語的・合理的認識、社会的な人格を停止することなので、「破れ目を作る」と同じ方向を目指しています。

その中でも、日常的な言語的な認識世界を停止させることは、「世界を止める」と表現されます。
具体的な方法は、「内的対話を止める」ことであって、「内的沈黙」です。

また、瞬きしながら焦点を合わさずに何かを見ることも、「しないこと」の一種です。
また、前を見ながらも、焦点を合わさずに、前かがみで歩くことは「力の歩行」と呼ばれます。


「履歴を消す」と呼ばれる方法も、「しないこと」の一種でしょう。
一般に、「履歴」は社会的人格を定義づけるものですが、これはそれを否定する方法です。

ですが、これは単なる方法ではなく、「戦士」の道を歩むことを決断して、一種の出家をすることです。

「履歴を消す」では、従来の人間との交流を精算して、断つことになります。
友人達には、全財産を使って贈り物をしながら、彼らに関する停滞した感情や記憶、恩義を精算するのです。

「履歴を消す」ことは、日常的人格(トナール)を掃除し、整理する方法だとされます。
これには、「自尊心を捨てる」、「責任を負う」、「死を助言者にする」などの要素があります。

この出家は、「内的沈黙」を初めて体験することが、きっかけとなり、これは「破壊点」と呼ばれます。
これを経て、「内的沈黙」の核を作り、蓄積していくことが、重要な修行となります。

「内的沈黙」は、仏教的に言えば、「空」の智恵、「無分別知」に当たります。
「破壊点」は、仏教において、初めて「空」を理解する見性体験に当たり、これを経て「聖者」の段階の修行の道に至ることと似ています。


<呪術師の説明、トナールとナワール>

第4作「力の話」では、「呪術師の説明」と呼ばれる呪術師の世界観が説かれます。

中でも注目すべきは、「トナール/ナワール」や「第一の力の輪/第二の力の輪」、「第一の注意力/第二の注意力」という2項の組の説明です。

そして、「理性」、「会話」、「感覚」、「夢見」、「観ること」、「意志」、「トナール」、「ナワール」という、知覚に関わる「8つの点」が人間にあると言います。

「8つの点」は、「知覚の泡」を構成していて、生まれた時は開いていますが、徐々に閉じてしまいます。
呪術師は、これを開くことによって「全体性」を見るのです。

「第一の力の輪」、「第一の注意力(トナールの注意力)」は、「理性」、「会話」が関わり、一般人の通常の意識状態を作ります。
「第二の力の輪」、「第二の注意力(ナワールの注意力)」は、「意志」が関わり、呪術師の「高められた意識状態」を作ります。

「意志」というのは盲目的なエネルギーであり、これを目的を持って導くことが「意図」とされます。
「意図」は「無限」の活動的な側面であり、シャーマンは最後に、宇宙的な「意図」に融合することを目指すのでしょう。

「理性」は、「感覚」、「夢見」、「観ること」と間接的につながります。
一方、「意志」はこれら3つと、「トナール」、「ナワール」と直接つながっています。


「トナール」という言葉は、一般的には、日常的世界での運命を司る占星学的な動物であり、守護者です。
ですが、ドン・ファンは、まず、「社会的人格」の意味で使います。
また、「身体」だとも、「監視人」、「我々が知っているすべて」、「検問所」とも語っています。
そして、「ナワール」を抑えて、気づかせない存在だと。
つまり、我々にとっては、物質世界の日常的リアリティに関わるものです。

「ナワール」という言葉は、一般的には、「パワー・アニマル」やシャーマンを意味します。
ですが、ドン・ファンは、「社会的人格」以外の部分の意味で使います。
「力のたむろするところ」、「創造しうる唯一の部分」とも語っています。

また、シャーマンのリーダーや、リーダーだけが持つ特別な霊体の意味でも使われます。

そして、「トナール」は「島」、「ナワール」はそれを取り囲む「海」のイメージで喩えられます。

「トナール」は一つの世界の見方であり、一つの日常的リアリティですが、「ナワール」は単なるもう一つのリアリティではなく、「説明できない」、「未知」、「無限」の神秘、「意識の暗い海」なのです。

つまり、「トナール」は知覚が閉じた状態ですが、「戦士」はこれを停止させて、無限の「ナワール」へ飛び込んで行くのです。


最終作「無限の活動面」では、カスタネダがロルカ教授に心頭し、ドン・ファンの教えとの間で揺れ動いた話が出てきます。

ロルカ教授は、すべての生物、文化などが固有の「認知システム」を持っていると考えます。
そして、文化人類学が個々の文化の「認知システム」を十分に理解してそれを抽出できでいないと批判し、カスタネダに、呪術師のそれを抽出することを期待しました。

ですが、ドン・ファンは、「呪術師の説明」をそのように考えてはいけない、呪術師はそもそも別のリアリティ(宇宙のエネルギー・フィールド)を認識の対象として、それをそのまま説明していると語りました。
つまり、ドン・ファンによれば、「トナール」は個々の「認知システム」ですが、「ナワール」に関する呪術師の説明は違うのです。

ですが、カスタネダは、著書の序文などで、もう少し曖昧な、呪術師の「認知世界」という言葉を使っています。
また、「シンタックス(統語論)」という言葉も使っています。
この呪術師の「シンタックス」と思えるものについて、「強度の多様性を事実として受け取れと要求する」、「宇宙そのものは強度の遊覧車」と説明しています。


中沢新一は、シリーズが描く呪術師に関して、「「人類学的呪術師」の範疇を大きく逸脱し…東洋の神秘思想家の側に接近する」(「孤独な鳥の条件」1982)と評価しました。
「人類学的呪術師」というのは、人類学が日常的リアリティに基づいて、その非日常的リアリティの意味を解釈するような存在です。

また、ネオ・シャーマニズムのマイケル・ハーナーも、2つのリアリティを各々に認め、自分の日常的リアリティを変える必要はないと主張します。

ですが、シリーズは、日常的リアリティを一種の幻として相対化する一方、非日常的リアリティに関しても、無限の相を持った「力」として存在するものであると捉えます。

カスタネダは、このような非実体主義的哲学を持ったネオ・シャーマニズムの潮流を作ったのかもしれません。
ドン・ミゲル・ルイス、サージ・カヒリ・キングらは、おそらく、カスタネダの影響を受けているのでしょう。


<忍び寄り、反復>

「戦士」は、別のリアリティの自覚的な認識である「第二の注意力」を学びます。
「第二の注意力」という言葉は、単に主体的な注意力だけではなく、それが体験する世界をも表現します。
その中心的な技法には、「忍び寄り」、「夢見」、「意図」の3つがあります。

ドン・ファンが語る「忍び寄り」は、抽象的で多義的な概念です。

ドン・ファンは「忍び寄り」の具体的な方法としては、「不要なものは捨てる」、「戦士は戦場を選ぶ」、「単純に考えて集中する」、「恐怖を捨ててリラックスする」、「手に負えないものからは撤退する」、「時間を圧縮する」、などがあると語ります。

「忍び寄り」の本質は、「行動を体系的にコントロールすること」、あるいは、「非日常的な経験で特殊な精神状態に追い込むこと」であるとも語ります。

「忍び寄り」は「狩人」と関係します。
「狩人」は獲物を追うために、獲物の行動パタンを理解します。
逆に、猛獣に追われないためには、自身の行動パタンを固定しない必要があります。

つまり、「忍び寄り」では、思考・行動パタンを自覚すること、それを操作することが重要です。

ですが、シリーズ後半では、「忍び寄り」は、「集合点」の場所を固定する技術だとか、「非有機的存在」の世界からエネルギーを得る技術とされるようになります。


自分の人生を振り返る「総括(要約・概括)」と「反復」の2つ方法も、「忍び寄り」と関係した技法です。

「総括」は、「アルバム作り」とも表現され、人生の記憶すべき出来事を思い出して、順序立てて克明に語る(理解する)ことです。
「戦士」の道を歩む者にとって重要な節目となるような象徴的な出来事を振り返ることで、細かな出来事の流れの下に潜む大きな構造、「無限」の作用の本質を発見するのです。

一方、「反復」は、多くの体験を思い出し、感情を吟味し、これによって、体験を整理し、再検討することです。
ただ、どのように吟味・検討するかは、ほとんど語られません。

「反復」には、2つの方法があります。
1つ目は、出会った人の一覧表を作り、一人ずつ、現在から過去へと出来事を思い出します。
2つ目は、順番なしに心に浮かぶ順に行う方法です。
後者では、隠れた感情が現れたり、ジグソーパズルを作り上げるようなものになります。

「反復」では、「出来事を扇ぐ」と表現される呼吸法によってエネルギーを与えながら、それを再体験します。
具体的には、呼気の時に頭を右から左に動かして、記憶の風景のエネルギーを吸い込むとイメージし、吸気の時は左から右に動かして、外来のマイナスのエネルギーを放出します。

「反復」は、ゴミのような記憶を表面へ浮かび上がらせて、閉じ込められていたエネルギーを解放する方法です。

「総括」や「反復」は、自由な「夢見」へ至る道です。
また、先に書いたように、「反復」は、人生体験の複製を作り、イーグルにこれをだけを吸収させることで、死を回避して、自由を得ることができるとされます。


ドン・ミゲル・ルイスは、「反復」を「棚卸し」と表現し、体験を肯定的思想で捉え直す方法として進化させました。

「反復」によってエネルギーを解放して不死に至るという思想は、煩悩をなくして涅槃に至るというインド的思想の、シャーマニズム版のように思えます。


<光の球、集合点の移動>

最初に書いたように、宇宙には「光の繊維」のようなエネルギー・フィールドがあって、その一部が「光の球」のような人間のエネルギー・フィールドになります。
「光の球」には知覚に関わる「集合点」と呼ばれる存在があります。

「集合点」を移動させると、そこに異なるエネルギー繊維が通り、それに対応する外部のエネルギー・フィールドを知覚します。
そのため、「集合点」を移動させると、それに応じて、異なる世界が知覚され、また、意識や体の外形も変化します。

左に移動させると、そこは幻想や普通の夢の領域になりますが、おそらく大きく移動させると、人間の形をなくしていきます。
下に移動させると、そこは動物の領域です。
外に移動させると、人間のかけらもない想像もつかない領域になります。

「戦士」の道の目的は、「集合点」をあらゆる場所に移動し、その知覚・意識状態を体験して、人間の「全体性」に到達することです。

注意力を発達させると、意識の輝きは表面から内部の放射物に伝達されます。
「第一の注意力」は、球の表面で輝きますが、「第二の注意力」は球の内側で複雑に輝きます。
また、全体意識を獲得した状態は「第三の注意力」と呼ばれ、球の内側にあるすべての「イーグルの放射物」を燃やして「内からの炎」が輝きます。
その状態で、意識を全開にすると、外部の放射物と融合して、「無限」へと滑り出していきます。


通常の意識の人間の「集合点」は、右肩甲骨の後ろ当たりにあります。
ですが、「高められた意識状態」では、内側に移動しますので、一見すると左側に移動するように見えます。

「集合点」の位置を固定することは、その「世界を組み立てる」と表現されます。
すると、体ごと(肉体を変換して)その世界に入っていくことができるようになります。

特別な能力を持ったシャーマンは、他人の「集合点」を打撃して「光る球」をへこませることで、一時的に内側に移動させ、「高められた意識状態」にすることができます。
ですが、この状態での体験は、記憶していることができません。

カスタネダは、一時的なこの「高められた意識状態」で、様々な体験をして、ドン・ファンから教えを受けました。
これらの教えは「左側の教え」と呼ばれ、これらを思い出すことが、ドン・ファンと別れてからの重要な課題となりました。


伝統的なトルテカ(トゥーラ、テオティワカン、マヤ)の世界観では、人間の体の中にも一種の世界樹があり、そこを「天の雫」と呼ばれるエネルギーが昇降しますが、シリーズには、そのような身体観は語られません。


<無限への飛び込み、自己の分解>

カスタネダは、ドン・ファンが去る前に、最後の課題として、「深淵への飛び込み」を行いました。

第4作「力の物語」で、カスタネダは、ドン・ファンとドン・ヘナロによって、断崖から渓谷に何度も飛び込まされました。
谷底の様子をしっかりと見ることができるかどうかが課題です。

そして、二人が去った後には、一人で飛び込みました。

この「深淵への飛び込み」は、「ナワールへの飛び込み」です。
そしてこれは、「知覚の泡を開く」ことであり、「知覚の翼を広げる」ことです。

飛び込みは、「トナール」や肉体から「ナワール」や「分身」を分離して飛び込んだと読める部分と、肉体のままに飛び込んで次元を移動したと読める部分があって、よく分かりません。

いずれにせよ、カスタネダは、飛び込むことで、「トナール」と「ナワール」を分離して、2つの意識の間を行き来したり、同時に2つの意識を体験しました。

「ナワール」の意識状態では、カスタネダは、自分の知覚や感情などがバラバラになって漂う体験をしました。
そして、自分が、それらの統合体であることを知りました。

また、最後に一人で飛び込んだ時は、肉体で飛び降りて、「集合点」の移動・固定をして、別の世界を組み立てて、この世界から脱出し、その後、再度、「集合点」を移動させて、この世界の違う場所にテレポートする形で戻ったようです。


伝統的なシャーマンは、イニシエーションの飛翔体験の時に、肉体をバラバラに解体され、再構成される体験します。
身体的要素に分解されるか、知覚的要素に分解されるかの違いはありますが、「トナール」に飛び込む体験は、このイニシエーションのヴィジョンのカスタネダ版のようです。


<夢見、意識の暗い海の旅>

「夢見」は、「第二の注意力」の3大技法の一つで、「ナワール」の究極的な用途です。
「夢見」から覚めても「第二の注意力」から離れずに、この世界で別のリアリティを認識することもできます。

「夢見」は、通常の夢を自覚する明晰夢を出発点としながら、様々な意識状態でそれに対応する世界を訪れる技法です。
「夢見」は、「意識の暗い海の旅」と呼ばれる体験へ導きます。
これは、「内的沈黙」が「無限」に従った「意図する行為」によって、異世界を旅することです。

「夢見」は、様々な場所へと「集合点」を移動させることで、一方、「忍び寄り」は「集合点」を固定させることです。
特定の場所に固定したままの状態で、目覚めることできます。


第6作「イーグルの贈物」では、カスタネダが「夢見」の初歩的な4つの手順を語ります。

1 静的な不眠 :五感は眠り、赤い掛かった光の洪水を見る
2 動的な不眠 :3次元の絵として見る
3 受動的な目撃:出来事として観察する
4 動的な活動 :自分で行動する

また、第9作「夢見の技法」では、「夢見」の上達の段階として「7つの門」があるとされ、その内の4つが語られます。

第1の門:眠る直前の感覚を自覚する
第2の門:夢の中で別の夢から目覚める
第3の門:現実の寝ている肉体の自分を見る
第4の門:夢の体で、様々な場所に行く

「第1の門」の通過では、「エネルギー体(霊体)」に眠りに落ちるのを気づくように「意図」することが重要です。

夢の中で自覚を保つためのテクニックは、まず、夢の中で、手を見ることから始めます。
次に、周りの様々なものに視線を移してはまた手に戻しを繰り返して、あらゆるところに焦点を合わせるようにします。

このように、夢の中の対象に集中したり、夢を変えることができるようになると、「集合点」を夢の場所に固定することができます。
この場所は「エネルギー体」を生み出し、強化する場所です。

「第2の門」を通ると、肉体を持たない生命である「偵察」や「非有機的存在」との対決が必要になってきます。

我々の夢の中には、「非有機的存在」が「偵察」を送ってきているのです。
普通の夢には「偵察」が多く入り込んでいるために、無意味な内容になっています。
「夢見」で夢を変えたり、「偵察」に集中することで、「偵察」を見つけることができます。

「偵察」を見つけて、それを追うという「意図」を叫ぶと、その「非有機的存在」の世界に入っていけます。
ですが、彼らは攻撃的で、また、彼らの世界に引き込まれ、閉じ込められる危険があります。
それに抗して強さを示し、様々な世界をよく調べることで、「第3の門」に至ります。

「第3の門」を通ると、「エネルギー体」を成長させることが望まれます。
これを行うには、「反復」によってエネルギーを解放して、それを「夢見」に向けることが必要です。

「エネルギー体」を成長させて、「エネルギー体」でエネルギーを見ることが課題となります。
これができるようになると、夢の中で、単なる個人の空想ではない、エネルギーを発する現実の存在を見ることができるようになります。
また、日常の中でも非日常的リアリティを観ることができるようになります。

「集合点」を移動させるには、「非有機的存在」の領域からエネルギーを得る必要があります。
これを「忍び寄る者に忍び寄る」と言い、「第3の門」の最後の課題となります。

さらには、高度な方法としては、「意識」自体を環境エネルギー的要素として使うことで、他の世界に入ることもできます。

「第4の門」を越える方法は、「第二の注意力」のなかで「意図」することです。
これを「意図の翼で飛ぶ」と呼びます。

「第4の門」で訪れる場所には3種類あって、第1には、我々の物質世界のどこか、次に、違う世界のどこか、最後に、他人の意識の中です。


伝統的なシャーマニズムでは、異世界は、天上、中間、地下の3領域からなります。
トルテカの伝統的な世界観もそうで、天上は14層、地下は9層で考えられ、それらを世界樹がつないでいます。

ですが、シリーズでは、以上のように、位置関係のない多数の世界が語られます。
マイケル・ハーナーは、カスタネダが、中間世界を出ることができなかった、と批判しました。

また、伝統的シャーマニズムでは、異世界に敵対的なスピリット以外に、友好的な守護霊(ガーディアン・スピリット)や援助霊(スピリット・ヘルパー)がいます。
ですが、ドン・ファンは、それは誤解であって、「非有機的存在」は援助してくれる人格的存在ではなく、利己的に見える力であると言います。

ただ、他のネオ・シャーマニズムと類似する点もあります。
第3作「イクストランへの旅」では、夢見の中でやってくる場所を見つけるという課題が出されます。
これは、実際に存在する場所で、カスタネダの場合は、ある丘でした。
ドン・ファンは、ここは「力」と出会い、秘密が明らかにされる場所であり、死ぬ場所であり、死ぬ前にそこで踊る場所だと言います。

それ以上に詳しい説明はしていませんが、これは、カヒリ・キングやアルベルト・ヴィロルドが言う「内なる庭」、「聖なる庭」と似た性質があるようです。
これは、自分の潜在意識と対話し、力のやり取りを行う場所です。


<捕食者>

最終作「無限の活動面」には、「捕食者」という概念が初めて出てきます。
彼らは「飛ぶ影」のように観えます。

「捕食者」は、人間の「感情」を食料とする精神的存在で、人間の中に「頭の中で喋り続ける声」、愚かな「信念体系」などを埋め込んで、人間を飼いならし、自己中心的な生き方を強います。
人間の信念体系や感情、自我意識などは、この「捕食者」に由来する「外来装置」なのです。

また、宇宙スケールでは、人間は旅の途中で立ち寄った地球で、「捕食者」に捕まったとも言います。

第9作「夢見の技法」で、「夢見」で訪れた異界への「集合点」の固定が強力だと、自分がどこから来たか忘れてしまい、その世界に捕らわれてしまうという話が説かれました
ですが、本当は、人間は地球に固定されて、本来の来た場所を忘れていしまっていたのです。

「捕食者」は、人間の「光る球」を覆う「光る上着」を食料としていて、それを食べているので、「光る上着」は、足の指の細いへりの部分だけしか残っていません。
そのへりは、意識の内省の部分であって、「捕食者」はそこにつけ込んで意識の炎を作り出してそれを食べています。

人間は「内的沈黙」によって「光る上着」を飛ぶ者の口に合わなくして、「光る球」の振動をコントロールすることで、「捕食者」は逃げ去ります。
そして、「光る上着」は成長をしてもとに戻ります。


「捕食者」の考え方は、ドン・ミゲル・ルイスが言う「パラノイア」とほぼ同じです。
ただ、ルイスには、「エネルギー・フィールド」の観点からこれについて述べませんが。

ルイスの「パラノイア」の方が初出が早いので、カスタネダがルイスの影響を受けた可能性もあるでしょう。
もちろん、二人ともトルテックのシャーマニズムを継承すると言っていますから、それが起源であると、素直に考えることもできますが。

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マイケル・ハーナー [ネオ・シャーマニズム]

マイケル・ハーナーは、ネオ・シャーマニズムの元祖にして代表的な存在です。

彼は、伝統的なシャーマニズムの中から、その核となる世界観、実践技法を抽出し、現代人が実践できる形で再構成した「コア・シャーマニズム」という実践体系を教えています。

*このページの記事は、姉妹サイトの記事を再編集したものです。

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<歩み>

マイケル・ハーマーの歩みを、年代順にまとめます。

ハーナーは、1929年にワシントンで生まれました
1956年からエクアドルのアンデスのヒバロ族のフィールドワーク調査を行い、カルフォルニア大学バークレー校で人類学の博士号を取得しました。

1960から61年にかけて、ペルーのアマゾンのコニーボ・インディアンのシャーマンのもとで、幻覚性植物アヤワスカによって非日常的な体験をします。
アヤワスカは、あらゆる薬物を実践したウィリアム・バローズが、究極のものと言った薬物です。
その後も、ヒバロのシャーマンのもとで幻覚植物マイクアによるトリップを体験します。

1963年、カルフォルニア大学バークレー校で講義をした時、カスタネダの来訪を受けて、ドン・ファンの話を聞き、何か書いた方が良いとアドバイスして、2-3週間後に原稿を見せてもらったそうです。
また、ヤキ・インディアンがダツラ(幻覚性植物)を腹に塗り込んで使うことが本当かどうか調べてほしいと依頼しました。
カスタネダからドン・ファンに一緒に会いに行こうと誘われましたが、スケジュールの都合で断りました。
ちなみに、ハーナーは、カスタネダの師のドン・ファンのようなシャーマンには会ったことがないけれど、その存在は信じていました。

1960年代後半には、カルフォルニア大学、エール大学、コロンビア大学などで教鞭をとりました。

1970年代初頭、コネチカットでドラムを使ったシャーマニック・トランスのワークショップを始めました。
ハーナーはトリップのための方法として、幻覚性植物ではなくドラムを選んだわけです。

1972年、最初の著作「幻覚植物とシャーマニズム」、「ヒバロ、神聖な滝の人々」を出版。
1979年、コネンチカットでシャーマニック研究センターを設立。

1980年、「シャーマンへの道」を出版。
この書は、ネオ・シャーマニズムの聖典のようになりました。

1987年、アカデミズムを去り、シャーマニック研究財団の活動に専念するようになりました。

2013年、「シャーマンへの道」の待望の続編となる「洞窟とコスモス」を出版。
上方世界と地下世界への旅を扱った書ですが、残念ながら、未訳でもあり私はまだ読んでいません。


<コア・シャーマニズムの特徴>

ハーナーのコア・シャーマニズムは、特定の部族のシャーマンの伝統を継承したものではなく、シャーマニズムの核となるものを抽出して、現代人に受けて再構成したものです。

ハーナーは、「エクスタシー(脱魂)」状態になって、異世界を訪れることを、シャーマンの条件とします。
また、シャーマンの特徴、定義について、次のように書いています。

「シャーマンは変性意識状態で、隠れたリアリティと接触し、力や知識を得て、他の人を助ける」
「一つ以上のスピリットを従えている」
「有益な力を取り戻すか、有害な力を取り除く」

そして、ハーナーは、個人の意識の成長や心の解放などの求道的なものではなく、他人の病気治療を重視します。
ハーナーは、「彼をシャーマンと呼べるのは治療を受ける当人たちだけである」と書いています。

ハーナーは、トランス状態を「シャーマン的意識状態」と表現し、「日常的意識状態」と区別します。
そして、それぞれの意識状態が体験する別のリアティが存在するとし、それを「非日常的リアリティ」と「日常的リアリティ」と表現します。

ハーナーは、シャーマンは、この2つのリアリティを区別していて、混同することはないと言います。

「シャーマンは、シャーマン的意識状態のリアリティが日常的リアリティとは分離したものであることを認識しており、両者を混同してはいない。」(シャーマンへの道)

つまり、2つのリアリティ(世界)を移動するのがシャーマンです。

「日常的リアリティ」では神話でしかないものが、「非日常リアリティ」では、リアリティそのものなのです。

そして、ハーナーの「コア・シャーマニズム」では、個々人が持つ、日常的世界観を変える必要はないと言います。
もともと持っている「日常的リアリティ」をそのままに、それと区別した「非日常的リアリティ」を付け加えるのです。

また、シャーマンは、霊視能力を持ち、これを「シャーマン的エンライトメント」と呼びます。

これは、地上の日常世界のリアリティにいつつ、霊的存在を物質世界に重ねて霊視できる状態です。
つまり、「エクスタシー」状態にならずに、「日常的リアリティ」と「非日常的リアリティ」を同時に見る状態です。

「霊視」は、霊的存在は、昼間には見にくいので、主に夜に変性意識状態になって見ます。


<ファミリー・シャーマニズムと専門的シャーマニズム>

ハーナーのコア・シャーマニズムは、誰もが利用、体験できる方法を提示していますが、皆に本格的なシャーマンになることを勧めているのではありません。

シャーマニズムのあり方を、シベリアのコリャック族のように、「ファミリー・シャーマニズム」と「専門的シャーマニズム」の2つに分けて考えます。
「ファミリー・シャーマニズム」は、プロのシャーマンではない人物が、家族に対して、比較的な簡単な方法で治療を行うことです。

ハーナーは、プロのシャーマンになるのに必要なこととして、次のようなことを挙げています。

・荒野の放浪
・ヴィジョン・クエスト
・死と再生のシャーマン的体験
・オルフェウス的な(地下世界への)旅
・死後の生命
・上方世界への旅


<アヤワスカのトリップ体験>

ハーナーは、コニーボ・インディアンのシャーマンのもとで、初めてアヤワスカを体験した時、死にそうになるほどの、深い変性意識状態に入りました。

その時の意識を自己分析して、4つの層があったと書いています。

最上位にあったのは、観察者兼司令官の意識です。
傍観者であり、深層意識からあふれるイメージを認識していた純粋な意識です。

その下にあった意識は、麻痺した層と表現しています。
多分、言語的、合理的な意識でしょう。

3つめの層は、鳥頭の人間が乗り、ハーナーの魂を運ぶ魂の船などのヴィジョンを生み出した源となる層です。

4つめの層は、死につつある者と死者だけが知る秘密が開示されるとされる層です。
ハーナーは、巨大な爬虫類のような生き物が現れ、彼らは、天から逃げてきた存在であり、地上のすべての生命に潜む支配者であると言うヴィジョンを体験しましたが、これはこの層が生み出したものです。

ハーナーは、シャーマンから、初めての体験でこれほどの深いヴィジョンを見る人は珍しいので、ハーナーは立派なシャーマンになれると言われました。


<地下世界へのトリップ>

ハーナーの「コア・シャーマニズム」では、ドラム、ガラガラ、「パワー・ソング」、ダンスによって「シャーマン的意識状態」になって、異世界にトリップします。

ドラムは、BPM210程度のドラム連打を叩いてもらうか、あらかじめ録音したものを流します。
ガラガラは高い音で、補助的な意味があります。

10分ほどドラムを連打した後、帰りの合図のドラムを鳴らし、また、連打に戻ります。
最後に地上に帰ってくると、終わりの合図のドラムを鳴らします。

地下世界へは、地上に開いた穴や泉などから、あるいは、そういったものをイメージして、そこからトンネルを通って地下世界へ行きます。
トンネルへの入り口は、自分が実感を得られるものなら、何でも構いません。

トンネルに障害物があれば、通れる隙間や迂回路などを探して通ります。

最初は、トンネルの先に何があるかを確認して帰ってくるだけにします。


<パワー・アニマルとそれを取り戻す旅>

ハーナーによれば、「守護霊(ガーディアン・スピリット)」は、通常、動物の姿をしていて、それを「パワー・アニマル」と呼びます。

「パワー・アニマル」がいなくなると、その人は重病になったり、中長期的に体調が悪くなったりします。
その場合、地下世界に「パワー・アニマル」を取り戻しに行きます。
患者のために行くこともあれば、自分のために行くこともあります。

この方法については、「パワー・アニマルを連れ戻す」https://morfos.blog.ss-blog.jp/2020-10-07で紹介しましたので、こちらをお読みください。


<パワー・アニマルとダンス、助言>

ハーナーによれば、「パワー・アニマル」は、人間の体内にいますが、周りを動き回ることもあります。
また、数年すると、自然にいなくなってしまうので、そうなると、新しい種類の「パワー・アニマル」を捕まえる必要があります。

人が持てる「パワー・アニマル」は、一つとは限らず、ヒバロ・インディアンは同時に2つ持てると言います。

「パワー・アニマル」は、自分自身で定期的に呼び出して、ダンスを捧げる必要があります。
それによって、「パワー・アニマル」を自分の中に留めることができます。

これは以下の次第で行います。

1 東でガラガラを振って、昇る太陽を念じる
2 東西南北でガラガラを振って動物を念じる
3 ダンスをパワー・アニマルに捧げる
4 ガラガラを振って歩き回り、動物になってシャーマン的意識状態に入る
5 早いテンポで踊る
6 踊りをやめて、パワー・アニマルが体の中に留まるように祈願する

「パワー・アニマル」には、個人的な諸問題や、病気の原因と治療法などについて、相談をして、助言をもらうことができます。

相談しに行く場合は、「パワー・アニマル」は、トンネルの中か、トンネルを出たところにいます。


<スピリット・ヘルパーと病気治療>

ハーナーのコア・シャーマニズムでは、邪悪な霊が取り付いていることによって起こる病気を治療するのは、難易度が高く、専門的なシャーマンのレベルのでないとできません。

この治療に必要となるのが「スピリット・ヘルパー(援助霊)」です。

「スピリット・ヘルパー」を獲得する方法は、「スピリット・ヘルパーとパワー・オブジェクト」で紹介しましたので、こちらをお読みください。

また、治療の方法は、「侵入した邪霊を吸い出す」で紹介しましたので、こちらをお読みください。

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ネオ・シャーマニズムの特徴と類型 [ネオ・シャーマニズム]

カルロス・カスタネダの一連の出版シリーズが、ヒッピーの聖典の一つになったことをきっかけにして、「ネオ・シャーマニズム」と総称される宗教・思想潮流が、1960年代末以降、徐々に大きな潮流になりました。

「ネオ・シャーマニズム」と言われるものには、様々なものが含まれます。
このページでは、その大まかな特徴と、類型、技法についてまとめます。

*このページの記事は、姉妹サイトの記事の一部を再編集したものです。


<定義>

「ネオ・シャーマニズム」という言葉に共有される明確な定義はありませんが、各地の伝統的なシャーマンの世界観や技術を核としながら、何らかの意味で新しい要素を加えた宗教・思想・実践潮流のことです。

「ネオ・シャーマニズム」のリーダーは、自身が一種のシャーマンとして、病気治療やヒーリング、セラピー、心の解放などの実践・指導を行っていることが特徴です。

「ネオ・シャーマニズム」では、「脱魂(エクスタシー)」のトランスを特徴とする者を「シャーマン」の特徴とし、「憑依(ポゼッション)」のトランスを特徴とする者を「スピリット・メディアム(霊媒、巫女)」として区別します。
これは、エリアーデらの考えを継承するものですが、「エクスタシー」は自意識を保っている状態で、人格の成長を導きやすいことが理由でしょう。

ですから、心霊主義のような「降霊」、現代アメリカで言う「チャネリング」、神道の「神憑り」など、「ポゼッション」を特徴とする潮流は、「ネオ・シャーマニズム」とは呼ばれません。

ただ、「ネオ・シャーマニズム」の場合、「エクスタシー」といっても、完全なトリップ体験ではなく、夢見や白昼夢に類した状態も含んでいます。

ですから、部族文化的な治療を行っても、「トランス」状態を利用しないものは、単なる「メディスン・マン(呪医)」であって、「シャーマン」とは考えません。


<伝統に対する立ち位置からの類型>

「ネオ・シャーマニズム」は、その伝統に対する立ち位置から、次の2つに分けることができると思います。

一つは、いくつかの伝統的なシャーマニズムの世界観、技法から普遍的なものを抽出して、それを現代人のヒーリングやセラピーなどに役立てるために再構成したものです。
(このページでは「普遍型」と表現しましょう。以下、同様に「〇〇型」と表現。)

これは、「ネオ・シャーマニズム」の先駆者の、人類学者だったマイケル・ハーナーに代表されます。
彼は、自身の実践体系を「コア・シャーマニズム」と命名していますが、この名前は、シャーマニズムの核の部分を抽出していることを意味しているのでしょう。
「コア・シャーマニズム」を「ネオ・シャーマニズム」の基本形のように考えることもできます。

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*マイケル・ハーナー

「普遍型」の系統には、キューバ生まれの心理学者・医療人類学者で、多数の機関で活動するアルベルト・ヴィロルド、トランスパーソナル心理学協会の理事を務めた先住民の心理学者レスリー・グレイ、ナイジェリアでシャーマンに学んだ人類学者のハンク・ウエスルマンなどがいます。
人類学や心理学、心理療法どの研究を背景にした人が多いようです。

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*アルベルト・ヴィロルド

もう一つは、何らかの伝統的なシャーマニズムの流派に基づいていて(そう主張して)、そこに他の宗教や心理療法などの影響を取り込んだ「継承型」です。

「継承型」には、ハワイのシャーマニズムのフナを継承するサージ・カヒリ・キング、メキシコのシャーマニズムのトルテックを継承するドン・ミゲル・ルイス、ルハン・マトゥスなどがいます。

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*サージ・カヒリ・キング

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*ドン・ミゲル・ルイス

ですが、彼らの場合、どこまでが伝統的なもので、どこからが他の要素の影響であるのかが、はっきりせず、それを実証的に確定することは困難です。

扱いが難しいのが、カルロス・カスタネダです。
彼の場合、トルテックの伝統的であると主張していいて、その研究で博士号を取得しています。

ところが、彼の書・研究はフィクションであると疑われていて、どこまでが事実に基づいたもので、どこからがフィクションであるのか、どこからが他の影響を取り入れたものであるのかが分かりません。
ほとんどがフィクションであるとすれば、彼の著作は、文学というジャンルで考えざるをえなくなります。
ですが、彼の弟子的存在が実際にワークショップを行っているので、その意味では、文学を越えて、宗教・思想・実践運動であると考えられます。

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*カルロス・カスタネダ


<目的からの類型>

伝統的なシャーマンは、部族社会やそのメンバーのために働く存在ですが、シャーマンになるには、一定の修行が必要で、その過程においては、個人の霊的成長と呼べるものが求められます。

そのため、「ネオ・シャーマニズム」にも、他人の病気治療、ヒーリング、セラピーといったものを重視する「ヒーラー型」と、個人の意識の霊的成長を重視する「求道者型」があります。

傾向としては、上記の「普遍型」には「ヒーラー型」が多く、「継承型」には「求道者型」が多いようです。

ですが、アルベルト・ヴィロルドやカヒリ・キングには、両方の側面があるようです。

マイケル・ハーナーは、カスタネダの師のドン・ファンが、ヒーリング(病気治療)に興味を持たない理由が、「戦士型」のシャーマンだからだと言っています。

カスタネダ(ドン・ファン)は、様々な意識状態を体験して人間の全体性を理解して、知を得る道を歩む者を「戦士」と表現し、意志で物事を変えようとする「呪術師(ブルホ)」と区別します。
「戦士」は「知ある者(賢者)」とほぼ同じ意味であり、その初期段階として「狩人」になることも必要とされます。

ミゲル・ルイスは、抑圧的な日常的リアリティを強いる存在を「パラサイト」と表現し、それと戦う者を「戦士」と表現します。
ルイスの「パラサイト」は、カスタネダの「捕食者」に当たります。

ルイスも「狩人」という表現を使います。
「狩人」は獲物に「忍び寄る」ので、ルイスはこれを無意識的なもの(森にひそむ獲物)への「気づき」の象徴と考え、一方、カスタネダは信念体系や行動パタン(動物の行動様式)を自覚し、操作することの象徴として捉えているようです。

これらに対して、カヒリ・キングは、病気や抑圧などの問題を擬人化してそれと戦うのではなく、力として調和させる、敵に愛を送るような道を歩む者を「冒険者」と表現し、自身のシャーマニズムを特徴づけています。


<哲学的類型>

マイケル・ハーナーは、シャーマンが体験する2つのリアティ、「非日常的リアリティ」と「日常的リアリティ」をシャーマンが区別していて、混同することはないと言います。

例えば、シャーマンが飛んだり、変身したりするのは、「非日常的リアリティ」での出来事であって、「日常的リアリティ」の出来事ではない、と切り分けているのだと。

あるいは、「スピリット・ヘルパー」なら、「日常的リアリティ」では植物などの姿をしていて「パワー・オブジェクト」と呼ばれますが、「非日常リアリティ」では昆虫や動物のような動く生き物にもなります。

マイケル・ハーナーの「コア・シャーマニズム」では、個々人が持つ「日常的リアリティ」を変える必要がないと言います。

つまり、もともと持っている「日常的リアリティ」をそのままに、それと区別した「非日常的リアリティ」を付け加えるのです。
「神話」でしかないと思っていかものが、「もう一つの現実」だったことに気づく、というような感じです。

一般に、伝統的な部族シャーマニズムの社会では、「日常的リアリティ」と「非日常的リアリティ」の2つの世界を区別してはいても、その2つが一体で、その部族の世界観を構成しています。
「非日常的リアリティ」が「日常的リアリティ」の基盤になる世界と考えることが多いですが、それぞれが矛盾することはなく、それぞれの世界の実在性を疑いません。

ですが、現代では、2つのリアリティを一体的に考えることは難しいし、その実在性を疑わないことも難しいのではないでしょうか。
ハーナー流のネオ・シャーマニズムは、そこをあまり深く考えずに、プラグマティックに、相対的なリアリティを持った2つの世界を考えます。

こういったネオ・シャーマニズムを、その哲学的立場から「実在主義型」の類型として考えることができます。

これに対して、「日常的世界観」が、恣意的、抑圧的、否定的で、間違ったものなので、変更する必要がある、と主張するネオ・シャーマニズムの潮流があります。
つまり、既存の「日常的リアリティ」の実在性、真実性を認めない「幻影主義型」の類型です。

「幻影主義型」は、カルロス・カスタネダ、カヒリ・キング、ミゲル・ルイス、アルベルト・ヴィロルドなど、「求道型」のネオ・シャーマニストに多いようです。

「幻影主義型」ネオ・シャーマニズムの場合、「非日常的リアリティ」に関しても、単に「もう一つの世界」という認識ではなくて、動的に流動する力の世界、光の世界であり、一つではなく多層的な世界であり、説明不可能なもの、と捉えることが多いようです。


<トランスへの入り方による類型>

「ネオ・シャーマニズム」における変性意識状態(トランス)への入り方には、様々な方法があって、複数の方法を使う人が多いのですが、どの方法を重視するかによって類型化することもできます。

中南米の伝統的なシャーマンの多くは、幻覚性植物の摂取を利用します。
カルロス・カスタネダも、マイケル・ハーナーも、幻覚性植物の摂取からこの道に入りました。

ですが、現代の「ネオ・シャーマニズム」が、違法ゆえに、この「幻覚性植物型」を推薦することはできません。

「ネオ・シャーマニズム」における代表的な方法の一つは、連打するドラム音に導かれてトリップする「ドラム型」です。
実際には、これに加えて、ガラガラの音や、「パワー・ソング」と呼ばれるシャーマン自身が歌う歌や、ダンスを伴って行います。

「ドラム型」は、マイケル・ハーナーが代表です。

もう一つの方法は、「夢見型」です。
そもそも「脱魂的飛翔」は、「夢見」だとも言えます。

「夢見」は、夜に寝る前に目的をはっきりと言い聞かせてから「自覚夢(明晰夢)」を見るやり方が一つです。
あるいは、昼に半ば覚醒した状態で行うこともできます。

もう一つの方法は、「瞑想型」です。
例えば、カスタネダは、日常的な認識・判断・思考を停止させることを重視し、これを「しないこと」、「世界を止める」、「内的おしゃべりを止める」と表現します。

また、記憶の想起や、観想という方法で瞑想状態に入ることもあります。
後者の場合、「夢見」との基本的な違いは、内容を意識的にコントロールすることです。

「夢見」や「瞑想」は、多くのネオ・シャーマニストが使います。

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